技術レポート

プラズマ溶射粒子の衝突・扁平 および冷却挙動に関する研究

深沼 博隆
2010年 3月

目 次

第1章 序 論
1.1 プラズマ溶射の歴史とその応用
1.2 プラズマ溶射の研究対象
1.2.1 プラズマジェット
1.2.2 プラズマジェットに供給された粒子の加熱・加速過程
1.2.3 溶融粒子の衝突・扁平および冷却過程
1.2.4 皮膜内の気孔
1.2.5 皮膜・基材間の密着力
1.3 研究の背景と目的
参考文献
第2章 溶融粒子の基材への衝突・扁平現象
2.1 緒 言
2.2 衝突初期現象
2.3 初期ラジアル噴流
2.4 扁平過程
2.5 実験によるモデルの検証
2.6 粗面上の溶融粒子衝突・扁平現象
参考文献
第3章 スプラットの冷却現象
3.1 緒 言
3.2 一次元スプラット冷却モデル
3.2.1 スプラット・基材系の熱伝達
3.2.2 スプラットから基材への伝導熱伝達
3.2.3 スプラット冷却過程の一次元モデル
3.2.4 スプラット冷却過程に影響を与えるプラズマジェットからの輻射伝熱
3.2.5 スプラット冷却過程に影響を与えるプラズマジェットからの対流伝熱
3.3 スプラット冷却の三次元モデル
3.3.1 スプラット採取実験
3.3.2 スプラット・基材間の微細構造のモデル化
3.3.3 三次元スプラット冷却モデル
3.3.4 シミュレーション結果
参考文献
第4章 溶射皮膜の気孔発生機構
4.1 緒 言
4.2 気孔率の定義
4.3 気孔形成モデル
4.4 単一溶融粒子による気孔形成
4.5 モデルの検証
4.5.1 気孔率に与える衝突粒子パラメータの影響
参考文献
第5章 プラズマ溶射皮膜の密着機構
5.1 緒 言
5.2 従来の密着機構
5.3 密着力発生機構モデル
5.4 基材表面粗度と皮膜密着力測定実験および実験結果
5.5 基材予熱後の密着測定実験と実験結果
参考文献
第6章 結 論
6.1 緒 言
6.2 溶融粒子の基材への衝突・扁平挙動
6.2.1 平滑平面上の扁平モデル
6.2.2 粗面上の扁平モデル
6.3 スプラットの冷却現象
6.4 溶射皮膜内の気孔発生機構
6.5 溶射皮膜の密着機構
謝 辞
発表論文

第1章 序 論

1. 1 プラズマ溶射の歴史とその応用

溶射とは高温・高速ガスの流れに適度な粒度分布を有する粉末材料を供給し、その材料粉末を高温・高速ガス流の中で加熱・加速して被コーティング材に衝突させ、皮膜を形成する技術である。溶射は1910年頃、M. U. Schoopによるフレームスプレー法を起源とする考えが定説になっている[1-6]。特に文献[6]には溶射の発祥期および当時の研究の歴史が詳しく述べられている。M. U. Schoopの溶射装置発明以降、アセチレンあるいはプロパン等の可燃ガスと酸素の燃焼炎を利用したフレームスプレー法が主流であった。

この方式ではフレーム温度は最高でも高々3,000℃までにしか上がらないため、タングステン、タンタル等の高融点金属あるいは熱伝導性の低いセラミックのコーティングは不可能であった。

1950年代に米国のMetco社およびPlasmadyne社から商用のプラズマ溶射装置の発売以降、工業的な利用が急速に進んだ[1]。これらの装置ではノントランスファー方式のプラズマアークを安定的に長時間発生させることに成功している。それまではフレーム温度に限界のある燃焼炎を用いるフレームスプレー法が主流であったが、プラズマ溶射法の出現以来プラズマ法が急速に発展した。プラズマ溶射法は昇華性の、あるいは高温で分解する物質を除き、ほぼあらゆる物質をコーティングすることを可能にした。また、不活性ガスを用いてプラズマを発生させるので、プラズマジェット内に導入された金属材料があまり酸化されずにコーティングできるようになった。しかも、プラズマジェットのガス流速が燃焼炎のジェット速度より速いため溶射粒子は高速に加速され、粉末粒子が基材に衝突する速度が大きくなり、基材に対する密着性および緻密性等の皮膜特性が向上した。プラズマ溶射法による皮膜特性の向上は工業的用途を広げていった。1970年代に減圧下でプラズマ溶射を行なう減圧プラズマ溶射法あるいは真空プラズマ溶射法が開発され、商用化された[1]。この技術はガスタービンおよびジェットエンジンの断熱コーティング用途に用いられる製品基材と熱遮蔽セラミック皮膜との間の密着性を強化するためのボンディング皮膜の溶射法として用いられている[7]。基材の酸化を抑制する金属材料がボンディング皮膜として用いられる。

現在プラズマ溶射法を利用する産業分野は多岐にわたっている。特に、航空機用ジェットエンジンおよび発電用ガスタービンへの応用が溶射市場のかなりのシェアを占めている。タービン動翼、静翼および燃焼チャンバーへの熱遮蔽コーティングは広く行なわれている[7-12]。この熱遮蔽技術によって、より高温でガスタービンを運転できるようになり、発電効率が飛躍的に高くなった。通常ニッケル基耐熱合金基材に酸素遮蔽能力の高いMCrAlY合金を減圧プラズマ溶射で被覆した後、真空熱処理で基材に拡散させる。

この後イットリア安定化ジルコニア(YSZ)をプラズマ溶射法で熱遮蔽コーティングする。

MCrAlYはエムクラリーと読み、Co、NiをMで表し、その他はCr、AlおよびYからなる合金の呼称である。プラズマ溶射法が出現しなければ現在のように高温で発電用ガスタービンを運転することは不可能であったと思われる。また、熱遮熱コーティングを含めてジェットエンジン本体の70%の部品に溶射技術が適用されており、現在ではジェットエンジンの設計に欠かせない技術となっている[13]。

自動車産業では様々な部品にプラズマ溶射が利用されている。その例としてエンジンシリンダー内面への耐摩耗コーティングあるいはディーゼルエンジンのピストンヘッドへの断熱コーティングが挙げられる[14、15]。シリンダーボア内のコーティング材料にはカーボンスチールが用いられている。この技術によりこれまでの鋳鉄ライナーをアルミニウムエンジンブロックに挿入したものに比べ、エンジンの小型・軽量化が可能となった。プラズマコーティングされたカーボンスチール皮膜は耐摩耗性に優れ、摩擦係数も従来のライナーより低い値が得られている。ピストンヘッドへの熱遮蔽プラズマコーティングにはYSZが利用されている。熱遮蔽コーティングされたエンジンは熱損失が少なく、燃料効率が向上した。

自動車関連の他の例として変速機に用いられるシンクロナイザーリングへのMo等の低摩擦・高耐摩耗性材料のコーティングあるいはピストンリングへの応用がある。

製鉄工業では各種ロールに溶射皮膜が利用されている。特に自動車用亜鉛メッキ鋼鈑熱処理炉に利用されるハースロールには特殊な材料がプラズマ溶射されている[16]。製紙産業においても各種ロールに多くの溶射皮膜が用いられている。特に、これまで天然の花崗岩が使われていた抄紙機のプレスロールをプラズマ溶射セラミック皮膜で代替しょうとする試みが行なわれている[17]。半導体および液晶パネル製造分野ではシリコンウエハーならびにガラスパネルを静電力で固定して気相エッチングあるいはスパッター等の処理を行なうためにアルミナを電気絶縁材料としてプラズマ溶射した静電チャックが利用されている。その他、プラズマエッチング処理チャンバー内の部品の耐プラズマ腐食用途にアルミナおよびイットリアのプラズマ溶射が用いられている[18、19]。スパッター装置に用いられる様々なターゲット材料にはプラズマ溶射皮膜が利用されている3[20]。テレビあるいはコンピュータディスプレー表面の光反射防止皮膜の製作のためにSiまたはSi-Alがコーティングされたスパッタリングターゲットが用いられている。TiO2、Ti等がスパッター材料としてターゲットにプラズマ溶射される場合もある。これらの溶射されたスパッターターゲットを用いてスパッターされた光学的薄膜は液晶あるいはプラズマディスプレーの製造には必要不可欠な材料である。プラズマ溶射はその他の多岐にわたる産業分野で利用されている。例えば、医療、印刷機械、化学プラント、造船業、建設機械産業および機械産業等に広く用いられている[21、22]。医療関係ではTi基材の歯根あるいは人工骨の表面にハイドロオキシアパタイトをプラズマ溶射でコーティングしている。ハイドロオキシアパタイトは人体組織とのなじみが良いため人工骨に組織が早期に強固に接合する[23]。化学プラントでは各種ポンプの液漏れを防止するシール部に酸化クロム等のセラミックをプラズマ溶射している。セラミックは耐摩耗性に優れ摩擦係数も低いためシール材として適している。

プラズマ溶射は上に述べたように工業的応用が広く行なわれている一方、技術的には多くの未解明な問題を抱えている。例えば、プラズマ溶射皮膜と基材との密着性、皮膜内の気孔および内部応力、皮膜の機械的特性および電気的特性等についてユーザーからは高度な要求があるが、技術的、学術的知見が足りないため今のところそれらの要求に対応することは難しい。しかも、加工時の皮膜特性の再現性ならびに品質保証の方法論に関して定まった解決法あるいは見解が見いだされないため溶射に関する明確な規格を作成するのに困難を極めている。溶射プロセスを支配している多くの重要な因子が未だ十分理解されていないことに起因しているのか、または因子の制御が不十分なためなのか、あるいはその両方なのか未だ議論が尽きない。プラズマ溶射皮膜を形成する過程にはあまりにも多くの因子が存在し、また、それらが複雑に絡み合っているため問題の解明を難しくしている。この複雑性が溶射現象の解明が遅々として進まない原因でもある。

しかし近年、溶射に関する研究報告数が指数関数的に増加しており、溶射現象の解明が速まり理解も深まるものと思われる[1]。これまでのプラズマ溶射に関する研究について概観し、また、プラズマ溶射の課題について以下に述べる。

1. 2 プラズマ溶射の研究対象

プラズマ溶射法は図-1.1に示すようにカソード・アノード間にアークを発生させ、プラズマトーチ内にプラズマを発生させ、その高温・高速のジェットに粉末を供給して粉末粒子を加熱・溶融し、その溶融粒子を基材に高速で衝突させて皮膜を形成する技術である。基材に衝突した後、溶融した球状粒子は高速に変形して薄い円板になる。この高温のディスクは基材に熱を奪われ、その温度は急速に降下する。図-1.2に実際の溶射中の写真を示す。写真はプラズマジェットが高温であることを示しており、またジェット中で加熱された粒子が高速で飛行する様子も示している。プラズマジェット温度はノズル出口近傍では10,000℃にも達するが、ノズル出口から遠ざかるにつれて雰囲気ガスを巻き込んで急激に下がっていく[1]。

プラズマトーチはプラズマガンとも呼ばれ、水冷された無酸素銅製のアノードおよび酸化トリウムが少量添加されたタングステン製のカソードならびにそれらを電気的に絶縁するインシュレータから構成される。プラズマトーチにArガス単独あるいはArガスにH2、N2あるいはHeガスの1種または2種類以上のガスを1~10%添加した混合ガスをトーチ内に導入する。アノード・カソード間にアーク放電を生じさせ、導入ガスを数万度の高温に加熱するとガスは膨張してアノードノズルから高速で噴射する。このプラズマジェットにコーティング材料の粉末を供給して粉末粒子を加熱・溶融させ、100~400 m/sの速度に加速する。

H2、HeあるいはN2ガスをArガスに混合するのは、プラズマジェットのエンタルピーおよび熱伝導率がこれらのガスの混合によって高くなり、粉末粒子の加熱が容易になるためである。この高温・高速の溶融粒子が基材に衝突し、扁平してディスク状になると同時に基材に熱を奪われて凝固する。その後さらに冷却が進み、基材と等しい温度に達する。ディスク状に偏平化した粒子をスプラットと呼ぶが、最終的にディスク状に達していない扁平中の粒子をスプラットと呼ぶこともある。高速の溶融粒子が基材あるいは既に形成された皮膜上に次から次へと衝突し、扁平、凝固して皮膜が形成される。スプラットの堆積したものが溶射皮膜である。溶射に関するこれまでになされた研究開発、工業的応用ならびにその問題点に関してはP. Fauchias等によって総括的に詳しく纏められている[24]。

溶射の工業的利用およびこれまでの溶射の研究対象を歴史的に見てみるとプラズマ溶射の研究対象は大きく分けて次の3つのカテゴリーに分類できる。

1) 高温高速のプラズマジェットの発生過程とその特性(プラズマトーチの研究開発を含む)
2) プラズマジェット中での溶射粒子の加速・加熱過程
3) 溶射粒子の基材への衝突・扁平および冷却過程
プラズマ溶射を概観する意味でこの3つのカテゴリーについて以下に簡単にまとめる。

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図1.1 プラズマトーチとプラズマジェットおよび溶射粒子の飛行と基材への衝突ならびに扁平過程の模式図

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図1.2 実際のプラズマ溶射中の写真

1. 2. 1 プラズマジェット

溶射という観点からプラズマジェットを考えた場合、理想的なプラズマジェットとは溶射粒子を理想的な加熱・加速状態にすることである。粒子の理想的な加熱・加速状態とは、一般的には粒子内部を融点以上の温度にまで均一に加熱するが、粒子の表面近傍を沸点以上に上げずに、しかも粒子速度は可能な限り速くすることである。粒子温度を沸点以上に上げることが望ましくないのは粒子から蒸発したヒュームが成膜途中の皮膜表面に付着して皮膜を劣化させることがあるためである。もちろん、プラズマジェットの状態には用途あるいはコーティング材料によって様々なバリエーションが考えられる。

例えば、Alのような低融点で熱伝導の良い金属ではHeあるいはH2ガス等の二次ガスを添加せず、Arガスのみを用いた高速・低温のプラズマジェットを用いて溶射する方が望ましい。一方、ジルコニアのような高融点、低熱伝導のセラミックスには熱伝導の良いHeガスあるいはH2ガスをArガスに加え、粒子が溶融しやすいように高温・低速のプラズマジェットを用いることが望ましい。このように理想的なプラズマジェットを得るためにプラズマトーチの開発が行なわれ、様々な方式のプラズマ溶射トーチが市場に出現した。

しかし実際に使用されているプラズマトーチの主流はSulzerMteco社のF-4型、9MB型トーチあるいはPraxair社のSG-100型トーチなどである。Praxair社のSG-100トーチのアノードおよびカソード部分を抽出して図-1.3に示す。通常のトーチは図に示すようにアノードとカソードが同軸上に配置された単純な構造である。

プラズマジェットは全体的には高温・高速であるが、微視的に見るとアーク柱周辺では高温でアノードノズル内面近傍の温度は低く、ジェット中心からアノード表面に向かって大きな温度勾配が生じる。ノズルから噴出した後は、周辺から空気を巻き込みプラズマジェットの外周温度はさらに下がる。速度場にも同様な傾向がありジェット中心部の速度が速く周辺は遅くなる。このように軸対称のプラズマジェットは、中心軸近傍の温度が極端に高くジェット周辺の温度が低く大きな温度勾配を有しており、これを平均化して一様な温度場を得るのは難しい。ジェット内の流に関しても一様な速度場を得ることは同様に難しい。これらは溶射から見た溶射粒子の加熱・加速源としての欠点の一つである。この事はジェットに供給される溶射粉末の粒子がジェット中を通過する軌跡によって、温度および速度に大きなバラツキが生じることを意味する。また、アノード上のアークの端点、すなわちアークルートは一定の位置に固定されず、軸方向または円周方向に常に動いているためにジェットの温度場・速度場も常に変化している。このようにプラズマジェットは溶射粒子の加熱・加速の観点から見ると本質的に不安定で粒子温度および速度に大きなバラツキを持たせる要素を含んでいる。アークルートの移動とともにプラズマジェットが変動する様子をレーザーストロボを用いてビデオカメラで撮影した写真を図-1.4に示す。プラズマジェットの変動および粒子の流れが均一でなく脈動していることを示している。

また、アノードおよびカソードのアークルート点が高温のため、運転時間とともに材料金属が蒸発・損耗してアノードノズルの内表面に窪みが生じ、ジェットの流れが変化すると同時に温度も変化する。従って、運転時間とともにジェットの特性は変化していく。アークル-トによるエロージョンで生じるノズル内の窪みはジェットの流れ場および温度場を激しく変化させ、粒子の加熱効率および加速能力を減少させる。実際の加工現場では溶射付着効率が低下するのでノズルの損耗の程度に応じて電極を交換する。これらの欠点を解決するための新たなトーチの提案あるいは開発がなされ市場に投入されてきたが、これらの欠点が解決された装置は未だ出現していない。例えば、プラズマジェットの速度場・温度場の平均化に関してNorthwest Mettech社のAxial IIIトーチは3つのプラズマトーチを一台に融合することにより、アークの変動を平均化し、3つのジェットをアークルートから離れた下流で混合することにより速度場を平均化した。かつ、通常のトーチでは粉末を従来のようにラジアル方向からジェットに供給するが、その代わりにジェットの中心軸に沿って供給できるようにした。また、Sulzer Metco社のTriplex Torchでは3個のカソードを一台のトーチの中に組み込み、アークを3本発生させることによって温度場および速度場の平均化をはかっている。しかし、これらのトーチもまだ理想には遠く及ばない。アーク点の損耗はアーク電流が大きいと速くなるのでアーク電圧を上げて電流を下げることにより、すなわち、アーク長を伸ばし電流を減じて同じパワーをアークに入力しても電極のエロージョンが僅かしか生じないような試みも行なわれている。

プラズマ溶射用トーチでは一般にノントランスファーDCトーチが用いられる。トーチ内のアーク現象およびプラズマ温度・速度に関する多くの理論的あるいは実験的研究9がなされてきた。例えば、Y. C. Lee等はプラズマトーチ内およびノズルから噴出したジェットと雰囲気ガスとの相互作用に乱流モデルを加えた数値解析モデルを提案している[25]。H. Li等はトーチ内のプラズマおよびジェットの温度場および速度場に加えてジェットに供給された粉末材料の軌跡および温度に関して3Dシミュレーションを行なった[26]。J. P. Trelles等はArおよびAr+H2ガスのアークプラズマに関する詳細な3Dシミュレーションを行なっている[27]。しかし、アーク電圧と電流の関係およびトーチの内の温度分布に関してのみ計算が行なわれており、ガス速度に関するシミュレーションは行なわれていない。J. F. Coudert等およびM. P. Planche等はノズルから噴出するプラズマジェットの速度分布の測定を行なっている[28、29]。A. Capetti等はDCプラズマトーチのArプラズマジェットについて温度および速度の測定を行なっている[29]。アーク電圧の変動に関する研究も多数存在する[27、28、31-35]。電極のエロージョンで生じた物質が皮膜を汚染し皮膜特性に悪影響を及ぼしたというJ. Wigre等の報告がある[36]。このようにプラズマジェットに関する様々な学術的研究がなされているが、溶射技術から見て理想的なプラズマジェットを発生させるトーチの出現には至っていない。

プラズマ溶射は工業的利用が先行して科学的、技術的フォローが追いついていない分野である。アーク現象の解明あるいはプラズマジェットの流体力学的モデルの構築によるジェットの流体現象の解明等の研究も必要であるが、実際には、これまで述べてきた溶射の視点からプラズマジェットに関する欠陥を解消したプラズマガンが出現することをプラズマ溶射装置のユーザーは待ち望んでいる。理想的なプラズトーチの出現は溶射の世界ではアーク現象の解明を無意味なものにするであろう。しかし、当分の間現実のプラズマトーチをより正しく利用するためにはアーク現象の正しい理解が必要であり、さらに進んだ研究が望まれる。

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図1.3 プラズマトーチのアノードとカソードおよびアノードのアークルートの移動を示す模式図

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図1.4 レーザーストロボを用いてビデオ撮影された変動するプラズマジェットの写真

1. 2. 2 プラズマジェットに供給された粒子の加熱・加速過程

図-1.1に示すようなプラズマジェットとジェットに投入された溶射粒子の加熱および加速過程の現象に関する研究は、プラズマジェットならびに粒子の扁平・凝固過程の研究とともに溶射技術の進歩・発展のために重要であり、かつ、必須なものである。要求される特性を持ったプラズマ溶射皮膜を得るためには基材に衝突する際の溶射粒子の温度および速度を適正にコントロールする必要がある。粒子を適正に加熱・加速するためにはプラズマジェットの温度場、速度場を制御しなければならず、同時にジェットに粒10子を供給する位置、粒子投入初速、粒子形状および粒子径等を考慮しなければならない。

複雑な粒子加熱・加速現象を解析し粒子温度・速度の再現性を高めるために、プラズマジェットが粒子に与える影響を明らかにする研究が強く求められてきた。プラズマジェット中の粒子の加熱・加速過程に関しては様々なモデルが提唱されている[37-41]。また、粒子温度および速度の測定に関する研究も多数行なわれてきた[42-49]。しかし、粒子速度および温度とプラズマジェットの制御因子、例えば、ガス種、ガス流量、アーク電流および電圧などのパラメータとの関係はそれほど明確にはなっていない。

他方、粒子温度・速度のリアルタイム測定法は近年著しく進歩した。粒子温度・速度測定装置が開発され、数社から販売されるようになった。このような装置のおかげでプラズマ作業現場での品質管理は著しく改善された[50]。基材に衝突する瞬間の粒子の温度および速度が測定できるようになったため、プラズマ条件を適度に変化させることにより、要求特性に適合する皮膜を得ることが出来るようになった。これらの測定装置によりプラズマ溶射システムに関する品質上の問題の原因究明が容易になった。これまでは重要な製品の場合には事前に試験片に溶射を行い、その試験片の破壊試験を行って良品と判断した後で実際の製品の加工を始めていた。このようなリアルタイムで粒子速度・温度を測定する装置の出現によって事前試験の頻度を減らすことができ、アイドルタイムが少なくなり生産性が向上した。

カナダのTecnar社のDPV-2000ではプラズマジェット中を飛行する粒子の温度、速度および粒子径の測定が可能である。粒子から放射される光を2色に分光してそれぞれの強度を計測することによって粒子温度を測定することができる。さらに、わずかな距離を隔てた2ヶ所のスリットを通過する時間差から速度を測定することもできる。粒子から放射される光の測定波長はプラズマジェットのバックグラウンドに影響されない領域を選択している。粒子径はスリットを通過する際の光強度の波形から測定する。

粒子温度・速度測定装置の利用例として米国のPraxair社のSG-100プラズマトーチを用いてYSZ (Yttria Stabilized Zirconia)の飛行中の温度および速度を測定した模式図を図-1.5に示す。飛行粒子のフラックスの中心軸上でノズル出口から60mm離れた位置で測定した実験結果を図-1.6および図-1.7に示す。プラズマジェットを通過した粒子の中で小さい粒子は高温になり大きな粒子の温度は低くなることを図-1.6は示している。粒子がプラズマジェットの高温部分を通過する時間は10-3秒のオーダーであり、大きな粒子を加熱するためにはそのジェット内に滞在する時間は短すぎるか、あるいはジェットの温度が不十分であることを示している。YSZは熱伝導率が低いのでこの傾向が強く出ている。熱伝導の良い金属であれば粒子内の温度勾配は小さくなるであろう。なお、粒子温度はあくまで粒子表面の温度であって内部の温度は不明である。特に熱伝導率の低い材料の粒子内部には大きな温度勾配が生じる可能性がある。温度が融点を越えた粒子が全て基材に付着すると仮定すると、YSZの溶射効率は約40%でその融点が約2,700℃であることを考慮すると図-1.6に示す測定値は実際の温度よりも200~300℃程度低いように思われる。これは今のところ2色法による温度測定の限界と思われる。しかし、測定の再現性は良好なので実際の品質管理に用いるには十分である。

プラズマジェット中の粒子速度と粒子径の関係を図-1.6に示す。粒子温度と同様、粒径の増加とともに粒子速度が減少していることが分かる。粒子速度は60~180 m/sの範囲に分布している。粉末粒子がジェットに投入されると小さな粒子は速く加速されて高速になるがジェットから出て大気中を飛行する際に大きく減速される。他方、大きな粒子は慣性が大きいためジェット中では加速されにくいが大気中では減速されにくいためにノズル出口から離れた距離では大きな粒子の方が速くなる。粒子速度はノズル出口からの距離とともに変化する。上記の速度分布はノズル出口から60mmの位置の測定である点に注意すべきである。

図-1.8はレーザー散乱法によるYSZの粒度分布とDPV-2000で測定した飛行中のYSZ粒子の粒度分布を示す。DPV-2000の測定値からは約150!m以上の粒径は欠落し、同様に温度および速度を測定した粒径範囲も150!m以下である。この理由は粒子フラックスの中心軸上で測定したためである。DPV-2000では一辺が約2mmの立方体の中を通過する粒子のみが測定される。粉末はプラズマジェットのラジアル方向から供給されるので慣性の大きな粒子は図-1.5に示すジェットガスのフラックスの中心軸より下方部分を通過するため、150!m以上の粒子は測定位置から外れたものと思われる。従って、正確な粒子温度・速度分布は粒子フラックスの断面領域を全面にわたって測定して初めて得られる。

プラズマジェットによる粒子の加熱・加速過程において飛行粒子の温度および速度の測定が可能になったことは現実の溶射加工の観点からは大きな進歩であった。先に述べたカテゴリーの中では、この加熱・加速過程は比較的単純な現象なので理論的な解析も容易なため、溶射加工に従事する人々の立場からすれば抽象的な研究よりはさらに精度が高く簡便に使え、よりコストの低い測定器の出現に期待しているであろう。

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図1.5 プラズマジェット中に供給された溶射粒子の飛行軌跡とDPV-2000の測定領域の模式図

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図1.6 ノズル出口から60mmの位置で測定されたプラズマ溶射YSZ飛行粒子の粒子温度と粒子径の関係

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図1.7 ノズル出口から60mmの位置で測定されたプラズマ溶射YSZ飛行粒子の粒子速度と粒子径の関係

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図1.8 レーザー散乱法で測定したYSZ粉末の粒度分布とDPV2000で測定した飛行粒子の粒度分布

1. 2. 3 溶融粒子の衝突・扁平および冷却過程

図-1.1に示したように高温・高速の溶融粒子は基材に垂直に衝突した後、基材に平行に流動変形して行く。この溶融粒子の流動変形により粒子内に大きな速度勾配を持つ流れ場が生じる。この速度勾配に起因する内部摩擦により、粒子の運動エネルギーが熱に変換され、その熱エネルギーは基材への熱伝達で散逸し、最終的に粒子は円板状となり流動は停止する。衝突時に粒子が持っていた熱量と粒子の変形過程で内部摩擦により生じた熱エネルギーは基材に伝達され、円板状粒子の温度は下がり、凝固し、最終的には基材と等しい温度に達する。この円板状の溶射粒子をスプラットと呼ぶことはすでに述べたが、改めてここに強調しておく。スプラットの一例として平滑なSUS-304基材にプラズマ溶射されたチタニアのスプラットを図-1.9に示す。スプラットは直径100~200!mの薄い円板状であることが写真に示されている。重なったスプラットを見ると上のスプラットを通して下のスプラットが透き通って見え、同様に基材の線状の模様がスプラットを通して観察される。TiO2は誘電体なので光を透過するが金属スプラットでは光が透過しないので基材が透き通って見えることはない。溶射皮膜はこのようなスプラットが積層・堆積することにより形成される。

スプラットの形成および冷却過程が皮膜・基材間の結合強度、皮膜内の粒子間の結合強度、粒子間の空隙に起因する気孔率、皮膜の内部応力等の皮膜の重要特性を決定する。P. Fauchais等は衝突粒子の扁平・冷却挙動が溶射皮膜の特性の全てを決めると報告している[51]。粒子の衝突・扁平・冷却過程は溶射にとって非常に重要なプロセスであるが、粒子が衝突して扁平を完了するまでの時間は約1!s前後と非常に短く、その後のスプラット冷却時間は10~50!sであるため、それらの過程を実際に観察することは容易ではない。特に、扁平過程に関してはスプラット変形の直接観察データがこれまでのところ得られていない。P. Fauchais等およびV.V. Sobolev等によってスプラット形成に関する研究のレビューがなされている[51-53]。スプラット形成過程を解明するために解析的モデルの創出あるいはコンピュータシュミレーション等様々な研究がなされてきた。

しかし、まだ単純化したモデルの研究しか行われておらず、より複雑な要因を織り込んだ現象の解明には至っていない。一方、扁平過程における粒子変形の直接観察ではないが、衝突後の高温スプラットの面積の広がりによって増大する放射エネルギーを観測・測定することにより、スプラットの扁平時間に関しては少し明らかになってきた。同時に扁平終了後の冷却過程も測定可能となった[54-59]。スプラット冷却過程は扁平過程に比べてその時間が二桁ほど長いため測定の精度はかなり高い。

粒子衝突・扁平過程に影響を与える粒子自身の因子として粒子の温度、粒子内の温度分布、粒子内の気孔、含有ガス、衝突速度および衝突角度、また基材側の因子として基材材質、基材温度、表面粗度、表面に吸着している気体あるいは化合物、表面の酸化物等多岐にわたる。これらを全て包含してこの課題の答えを見つけることはほとんど不可能であろう。現在は問題を単純化することによってスプラットの扁平・冷却の問題に多くの研究者が挑戦している[51]。

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図1.9 平滑なSUS-304基材にプラズマ溶射されたTiO2のスプラット写真

1. 2. 4 皮膜内の気孔

プラズマ溶射皮膜は衝突した溶融粒子が扁平、積層して皮膜が形成され、溶射皮膜はスプラットが積層した多層構造となっている。基材に垂直な方向と水平な方向では皮膜構造が異なっている。基材・スプラット間あるいはスプラット・スプラット間に微細な空隙が存在している[60-65]。スプラット間に発生する隙間あるいはギャップを水平デラミネーションあるいは界面気孔と呼んでいる。セラミック皮膜ではスプラット間の空隙とは別にスプラット内に微細なクラックが生じ、それが気孔となっている[64、66]。

通常、この気孔を縦割れクラックあるいは縦割れ気孔と呼んでいる。縦割れ気孔はセラミックに特有である。溶融セラミック粒子が基材に衝突し扁平した後、凝固するとスプラットは基材に拘束される。セラミックスプラットは冷却とともに収縮しようとするが基材に拘束されているため収縮できず、スプラットに生じる熱応力を自らクラックを生じさせることによって緩和する。金属スプラットは塑性変形することにより熱応力を緩和するか、スプラットの密着性が高ければ熱応力に耐えて基材に密着するか、あるいは、剥離して応力を緩和する。従って、通常金属スプラットには縦割れクラックは生じない。

界面気孔および縦割れ気孔あるいは皮膜内欠陥は溶射皮膜に特有なものであり、これらを減ずることは出来ても皆無にすることは不可能である。

この空隙あるいは気孔は皮膜の特性に大きな影響を与える。特に基材と皮膜の密着性、皮膜の機械的強度、熱伝導性および電気抵抗、絶縁耐圧性はその影響を強く受ける。縦割れクラックはガスタービンの熱遮蔽皮膜として利用する場合にヒートサイクルによって生じる熱応力を緩和するのに役立っている。溶射皮膜のクラックは用途により有益であったり大きなマイナス要因であったりする。

皮膜内の界面気孔の発生機構を明らかにすることおよびその量を制御することが望まれている。望ましい特性の皮膜を得るために気孔の発生メカニズムを明らかにして気孔率あるいは気孔の構造を制御する技術の開発が求められている。

1. 2. 5 皮膜・基材間の密着力

実用上スプラットの扁平・冷却過程の解明以上に解明が急がれる重要な課題は皮膜と基材間の密着機構であり、しかも、その強度を如何に向上させられるかである。もちろん、皮膜・基材間の密着機構とスプラットの扁平・冷却過程は密接に関連しているのではあるが。皮膜密着性の課題は実用上重要な問題で、仮にユーザーの利用中に溶射皮膜の剥離が生じてしまえば溶射技術の実用性に疑問が投げかけられて工業的用途の拡大の妨げになる。溶射加工業者ならびにユーザーからの溶射皮膜密着性の向上に対する要望には大きなものがある。少なくともどのような使用条件であれば皮膜の利用が可能であるかという質問に答えられるようにならなければならない。しかし、密着機構に関する研究はほとんどなされておらず、溶射皮膜の密着機構に関しては様々な議論があるが、これまでの定説では溶射皮膜の密着力は基材の粗面への皮膜の噛み込みによる機械的結合を第一義とし、他に局所的な物理的結合および化学的結合の存在を上げている[66、67]。

1. 3 研究の背景と目的

これまでに述べてきたようにプラズマ溶射の課題を要約すると次のようになる。

(1) 溶射粒子加速・加熱源としてのプラズマジェットを発生させるトーチおよびジェットの特性に関する課題
(2) プラズマジェットに供給された粒子の加熱・加速プロセスに関する課題
(3) 溶融粒子が基材に衝突し、扁平・冷却する挙動に関する課題である。

すべての課題は現象を支配する要因が多く、しかも、それらは複雑に影響し合いそれぞれのプロセスの解析は容易ではない。(1)および(2)の要因はプラズマ溶射皮膜の特性にある程度の影響を与えるが(3)の課題に比べて皮膜特性への影響度という点ではその重要度の比重がやや軽いであろう。特に(3)の溶融粒子の扁平・冷却プロセスは溶射皮膜の特性に決定的な影響を与えるため、このプロセスの解明は溶射加工産業から強く求められている[48]。

皮膜・基材間の接着のメカニズムおよび扁平過程で皮膜内に生じる気孔の発生機構の解明が特に強く望まれている。皮膜・基材間の結合機構は重要な問題でありながらほとんど研究がなされなかった課題である。同様に溶射皮膜の中になぜ気孔が生ずるのかその理由を十分定量的に説明することが出来なかった。また、スプラット・スプラット間に存在する気孔の密度分布についても解明されていない。気孔に関しては扁平過程における粒子と雰囲気ガスの相互作用の解析が必要である。これらは現象の複雑さゆえに研究の進まなかったテーマである。

スプラットの冷却過程は皮膜の応力発生に強く関係しており、ひいては皮膜の密着力に影響する。その冷却速度および冷却時のスプラット内部の時間とともに変化する温度分布およびそれから生じるスプラット内部の動的応力の解明が待たれる。厳密な皮膜応力の分布を知るには粒子扁平過程で生じるスプラット・基材間のあるいはスプラット・スプラット間のミクロ構造を考慮したスプラット冷却過程の解明が必要である。

以上の背景からプラズマ溶射研究の工学的重要性と工業的必要性を考慮して次のようなテーマを選定し研究を進めた。すなわち、プラズマジェットの発生またはプラズマジェット中の粒子の加熱・加速過程を研究テーマから除外し、溶融粒子の衝突から扁平して凝固し冷却されるまでの過程をほぼ全てにわたって解析することを研究テーマとした。

次の5件の課題を研究テーマとして選択した。

1) 気孔発生のメカニズム解明の糸口として平滑基材上に溶融粒子が垂直衝突する際の扁平過程の数学的モデルの考案とその解析および実験による検証
2) 粗面上の溶融粒子の扁平挙動の研究
3) スプラットの冷却過程の研究
4) スプラット・基材界面およびスプラット・スプラット界面の気孔発生メカニズムの研究
5) 皮膜・基材間の密着機構の研究

研究にあたっては現象あるいはプロセスを支配している機構をできる限り定量的に記述するように努めた。

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50. 例えば、カナダTechnar社が販売しているDPV2000システムあるいはフィンランドのOseir社が販売しているSprayWatchシステムがある。
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第2章 溶融粒子の基材への衝突・扁平現象

2. 1. 緒 言

溶射皮膜は基材に高速で衝突した溶融粒子が扁平した後に凝固して、何層にも積層されて形成される。従って、プラズマ溶射中の溶融粒子の基材への衝突・扁平現象は、幾つかの溶射素過程、例えば、プラズマジェット中の粒子の加速・加熱過程とスプラットの冷却過程と比較して溶射皮膜の特性により大きな影響を与える重要なプロセスと考えられる。溶射皮膜・基材間の接着力、皮膜層間の結合力、皮膜の気孔率等溶射皮膜の重要な特性がこの過程で決定される。溶射技術が広く利用されるためにも、皮膜形成のメカニズムを明らかにする必要がある。また、溶射技術の信頼性、皮膜特性の再現性を高めるためにも、衝突・扁平現象は解明しなければならない重要なプロセスである。

しかし、扁平過程は粒子の流体力学的挙動および粒子から基材への熱伝達過程が相互に影響する複雑な過程であり、加えて非定常現象でもあるため解析することが難しい問題である。それに加えて扁平過程は、通常の溶射条件では、例えば、直径20~100!mの溶融粒子が100~400 m/sの速度で基材に衝突したものとすれば、扁平過程は1!s程度の極めて短い時間で終了してしまい、扁平現象を直接観察することも何らかの方法で実験的に検証することも今のところ困難である。しかし、研究者はわずかではあるが、例えば、C. Moreau、P. FauchaisあるいはS. Chandraのグループによって基材に衝突した高温の粒子からの放射光の強度を検知して粒子の扁平過程および冷却過程を観察し、扁平・凝固過程を解明しようとする試みがなされている[1-6]。同様に篠田等はイットリア安定化ジルコニア粒子の衝突および冷却過程を観察して扁平時間および冷却時間の測定を行なっている[7]。他方、多くの研究者は扁平過程中のスプラットではなく扁平した後の個々のスプラットを観察することによりこの現象を解明しようとしている[8-11]。あるいは積層したスプラットの構造から扁平現象を理解しようと試みている研究者のグループも存在する[12]。一方、理論的な側面からも衝突・扁平過程を解明しようとする試みがなされてきた[13-19]。それらは解析的な数学モデルあるいは数値シミュレーションの手法により溶射粒子の扁平現象を解明しようと試みている。

粒子一個の扁平過程についての理解は深まりつつあるが、総体的な皮膜特性との関係については全く解明がなされていない。なお、一個の粒子に関しても基材と粒子の間に介在する気体を考慮した場合、基材の表面粗度を考慮した場合、あるいは粒子が基材に26垂直ではなくある傾いた角度で衝突した場合等、実際の複雑な溶射条件での衝突・扁平現象についてはほとんど未解明である。

この章では一個の溶融粒子が平坦で平滑な基材表面に垂直に高速で衝突した後の扁平挙動をある仮定の下に数学的モデルを考案しその解を求め、衝突直後の短時間の粒子・基材間の相互作用についても計算を行なった。さらに進んで、粗面上に粒子が衝突した場合のモデルを考案し扁平過程に与える粗面の影響についても考察した。

2. 2 衝突初期現象

溶融粒子が基材に高速衝突後の極めて短い時間の中で生じる現象について考えてみる。

小さな液滴の固体への衝突過程は1950年代から蒸気タービンへの水滴の高速衝突によるエロージョンあるいは航空機、ミサイル等の高速飛行物体が雨滴に衝突して生じるエロージョン現象の解明のために研究が行われてきた[20-23]。それらの研究は衝突した水滴の変形過程を研究するためではなく、あくまで基材の損耗あるいは破損防止という観点から研究された。従って、粒子衝突時に粒子が基材に与える圧力あるいは力を求めることに主眼がおかれ、衝突後の極めて短い時間における粒子の挙動に関してのみ研究がなされた。液体粒子の変形に関する視点はO. Engelの研究を除いては欠けていた[20]。

しかし、それらの現象そのものは衝突する液滴の温度が低温であることを除けば溶射粒子の衝突過程と等しい。それらの研究を参考にして溶射粒子が基材に衝突後の極めて短い時間における粒子の挙動について考える。

図-2.1に示すように溶融粒子が基材に衝突した瞬間の極めて短い時間内に粒子がどのような挙動をとるか考えてみる。半径 R0の球形溶融粒子が平坦で平滑な基材に速度v0で衝突したとき、粒子が弾性体であると仮定すると、すなわち溶融粒子の圧縮性を考慮しなければならないほど、衝突速度が大きいものとすれば、図-2.1に示すように粒子の最下部 P0の点が基材に衝突し、時間の経過とともに P0近傍の粒子は圧縮されて凹んで行くであろう。このとき基材は剛体と仮定する。すなわち、基材は実質的には弾性体であるが溶融粒子に比べて剛性が遥かに高いので、粒子の衝突では変形しないものと仮定する。

衝突と同時に衝突点から粒子内に応力波が伝播して行き、この時の伝播速度は溶融物質の音速に等しい。もちろん、圧力波は基材の内部へも伝播していくが基材は剛体と仮定しているため全く変形しない。従って今後は応力波の伝播は粒子内のみを考える。対象とする系は垂直軸に軸対象であるので円筒座標系で角度座標を無視した座標系O(r,z,t)のみで記述できる。

粒子が基材に衝突した瞬間から微小時間dtが経過したとき、すなわち、t = dt 時間経過したとき図-2.1に示すように粒子は下端の P0点のところからわずかに H だけ歪み、粒子の底面は半径r の円で基材と接触するであろう。接触面の外周点r は粒子の潰れが大きくなるにつれてある速度r!で粒子の外周へと広がっていくであろう。この時、粒子は衝突速度v0のまま底面が凹んで行くと仮定すれば、粒子が歪んだ距離 H および基材に接触した粒子面の半径r はそれぞれ次の式で表わされる。

null

と書くことが出来る。応力波はその物質の音速で伝播するので、衝突した瞬間に P0点から音速C0で応力波が粒子内に伝播する。一方、点 Pからなる基材と粒子の接触面の外周は2.4式で表す速度で移動して行き、その外周点r から常に新たな応力波を発生させる。

null

応力波の伝播速度と球体と基材の接触面の外周が広がる速度との関係をみてみよう。

例えば、図-2.2の上段の図に示すように、t = t1のとき粒子が H1だけ歪んで粒子と基材の接触面の外周点が P1にあったものとすると、t1から !t 経過した後に応力波は P1点からC0!”t の距離まで進む。しかし、そのときのr!が音速C0よりも速ければ粒子は H2まで歪んで半径C0!”t の距離より外の点 P2に達している。このとき、粒子が衝突した瞬間から粒子内に伝播した応力波の先端波面はW1に達している。粒子が基材に接触している半径r の円の外周の移動速度r!がC0よりも速ければ接触面の外周点は必ず応力波の先端よりも外にある。すなわち、応力波の先端波面は基材表面と粒子に囲まれた粒子内部に止まり、粒子が圧縮されて生じた圧力は粒子内に保持されている。さらに時間が経過すると、H の増加とともに半径r の移動速度r!は減少してくるので、応力波の伝播速度C0に追いつかれる時刻、r! =C0となる時刻が存在する。この時の歪み距離 HCを臨界歪み距離、時間tcを臨界時間および半径rcを臨界半径と呼ぶ。衝突後の粒子が臨界時間に達したときの応力波伝播範囲は図-2.2の下段に示されているABA!で囲まれた部分である。この領域以外には力は伝わらず、応力波が伝播していない粒子内の運動量は保存されている。その領域の溶融流体は衝突速度 v0のまま基材に向かって進行していることになる。さらに微小時間!tを経過した後にはr! <C0となるため、応力先端波面はaba!に達し、圧力を粒子の内部に保持することが出来ず、粒子の基材に近い端点a!と基材のA!との間の非常に狭い間隙から一気に流体が噴出していく。図-2.3に示す写真はスズの溶融粒子を自然落下させてステンレススチールの基材に衝突させたときの粒子の扁平現象を撮影した高速度写真である。1コマ目の写真が示すように衝突の瞬間に粒子の変形がまだそれほど始まっていない間に粒子底面から薄いラジアル流が噴出しているのが確認できる。

null

null

ラジアル噴流臨界時間tcおよび臨界半径rcはそれぞれ、r! =C0から次のように導かれる。

null

図-2.2の下段の図に示される粒子内の ABA!で囲まれた部分の圧力は ABA!P0で囲まれた部分の体積が ABA!の体積まで圧縮されたために生じたものである。そして、その圧縮は極めて短い時間内に行なわれるので、可逆断熱圧縮、すなわち等エントロピー圧縮と考えてよい。したがって、体積圧縮率を!Sとすれば、!Sは

null

と定義される[24]。V および Pはそれぞれ液体の体積および圧力を示し、S はエントロピーである。体積 ABA!をVC、 AA!P0をV とすれば、時間tcの間に体積VC+V からVCまで圧縮されるので、2.7式を解けば次式が得られる。

null

従って、圧力 Pを求めるのにはVCとV を知れば良い。体積VCは次のように求められる。

溶融粒子が基材に衝突した瞬間に衝突点 P0から応力波が伝播し始め、その後粒子と基材の接触面積を拡大しながら応力波は接触外周点から継続的に伝播する。衝突から時間tが経過して粒子と基材との接触外周点が r の点に達したとき r 点における応力波が基材に垂直方向に伝播する距離! は次のように表される。

null

2.3式に H = v0t を代入してtについて解けば、

null

が得られる。2.9式に2.5式および2.10式を代入すれば

null

が得られる。時間tからtcまでに応力波が球体内に伝播した体積は

null

と書くことが出来る。ここでt = 0とすれば、2.12式は粒子が基材に衝突した瞬間からtcに達するまでに応力波が流体内に伝播した体積である。すなわち、

null

が得られる。2.11式からr2を求めて2.13式に代入して2.13式を解けば

null

が得られる。また、V は半径 R0の球から高さ H だけ切り取った体積であるから

null

となる。2.8式に2.14、2.15式を代入すれば臨界時間tcに達した時の粒子内あるいは基材にかかる圧力Pが衝突速度v0および流体の音速C0の関数として次のように求められる。

null

溶融金属あるいは溶融セラミック中の音速は表-2.1に示されるように103m/sのオーダーであり、プラズマ溶射された粒子の衝突速度は高々100~400 m/sであるから2.15式の括弧内の第3項は無視できて、かつ、v0/C0<1であるあるから2.16式をマクローリン展開すれば2.16式は次のように書くことが出来る。

null

体積圧縮率!Sは、その物質の密度を !、音速をC0とすれば

null

であるから、2.18式を!Sについて解き2.17式に代入すれば粒子が基材に衝突して生じる最大の圧力Pが次式のように得られる[20]。

null

実際には、衝突速度v0のままで圧縮は進まず、圧縮が進むにつれて凹み速度は遅くなるはずであるから平均凹み速度を1より小さい正の係数 k を用いてv0を kv0と表せば、2.19式は

null

となる。係数k は実験的に求めることとなる。O. Engelはk = 0.5 と述べている[20]。

表-2.1 溶融金属およびセラミック中の音速

物質 音速 [m/s] 出典
アルミニウム 4,688 参考文献[25]p. 95
亜鉛 2,836
スズ 2,466
3,485
アルミナ 3,080 参考文献[24]

溶融粒子が剛体の基材に衝突したときの圧力は粒子の大きさには関係なくその密度、音速および衝突速度に依存することを2.20式は示している。粒子衝突の衝撃圧力は図-2.4に示すように粒子密度を8 g/cm3としたとき、粒子衝突速度が100~400 m/s、音速が1,000~5,000 m/sの範囲で数百から数千MPaにもなる。グラフは衝撃圧力が衝突速度の増加とともに上昇し音速に比例して増加することを示している。

臨界時間および臨界半径が粒子の音速および衝突速度とともにどのように変化するか図-2.5~図-2.8に示す。グラフが示すように臨界時間は粒子衝突速度の増加とともに長くなり、音速の増加とともに短くなる。同様に臨界半径は粒子衝突速度の増加とともに大きくなり、音速の増加とともに小さくなる。臨界時間は通常のプラズマ溶射条件では10-10~10-9 sであり、臨界半径は粒子径が50!mの時1~10!m程度であることが示されている。

粒子径が大きくなれば臨界半径も大きくなることを2.6式は示している。

2. 3 初期ラジアル噴流

粒子内が最大圧力に達した瞬間すなわち臨界時間tcに達した瞬間、基材と運動量を保存している球と AA!を通る臨界半径rcの円周から流体粒子の内部圧力が解放されて放射状に流体が噴出する。すなわち、衝突点を中心とする薄い円板状となって基材と平行に流体が噴出する。圧力が蓄積された体積VCが一瞬の間に噴出した後、運動量を保存している粒子部分が基材と衝突してラジアル流が続いて生じる。

null

rc点から始まるラジアル流噴出の平均初速u は圧縮流体に蓄積されたエネルギーが運動エネルギーに変換されると考えれば、ベルヌーイの定理から

null

が得られる。噴出するラジアル流体の平均速度u はラジアル流の厚さをhとし、基材表面から zの距離の流速をu(z)とすれば次式で定義される。

null

平均ラジアル速度u は粒子流体の音速C0および衝突速度v0に依存し、図-2.9に示すように粒子衝突速度の2~3倍に達する。

粒子が圧縮されていた部分の体積はVC+V であるから粒子全体の体積に対する圧縮された体積の比率CRは次式で表すことができる。

null

2.23式に示すように体積圧縮比率は衝突速度と音速との比に依存し実際のプラズマ溶射条件では0.05~0.5%程度である。従って、衝突による粒子の底部の圧縮圧力は103MPaにも達する非常に高い圧力になるが、粒子全体の扁平過程を考慮したとき、高圧で圧縮された部分の体積は全体の体積に比べてごくわずかであるから粒子圧縮部が扁平過程に与える影響は無視できるものと思われる。

null

null

2. 4 扁平過程

衝突溶融粒子の初期ラジアル流が噴出した後の粒子扁平過程について考えてみる。プラズマ溶射中に溶融粒子が平滑平面基材にある速度で垂直に衝突したとき、粒子の衝突点からラジアル流が基材と平行に円板状に広がり、最終的には図-1.9に示されるようなある大きさの円板、すなわちスプラットになることは経験的に知られている。基材に衝突した溶融粒子が時間とともにどのように形状の変化を経てディスク状になるか解析的に厳密に解くことは事実上不可能である。衝突粒子の扁平過程を解析的に解くには粒子の形状の変化および粒子内の流れ場を解析的に解けるような仮定を設ける必要がある。これらの条件が与えられれば、エネルギー保存則から扁平過程は容易に解くことができる。

すなわち、粒子が衝突した時の粒子が保有する大部分の運動エネルギーが粒子内の流れ場の速度勾配によって生じる粘性摩擦によって散逸し、一部の運動エネルギーは表面張力および粒子・基材間に生じる界面張力の仕事に移行することから粒子の扁平過程を解くことが出来る。実際の溶射では、この他に粒子内の熱伝導、粒子から基材への熱伝達による粒子内の温度場も考慮しなければならない。これら全てを含めるとあまりにも複雑になり扁平現象の本質を見逃しかねない。そこで、ここでは問題を単純化して扁平過程を等温過程と仮定し、解析的モデルを考案してその解を求める。

null

モデルの基礎となる粒子の変形と流れを次のように仮定する。

1)変形の仮定
a) 直径d0、半径 R0の溶融粒子が速度v0で平面基材に垂直に衝突するものとし、粒子の衝突後、図-2.10に示すように衝突点を中心として基材に平行に円板流が広がる。このとき円板の厚さhは扁平の過程を通して一定である。
b) 流体は粒子の下部から流出する。流出する円板流の部分を除く球状の部分は、下部は欠けて行くが上部は球の形状を保つ。
c) 円板流は垂直軸に軸対称であり基材は流れを乱さないほどに平滑である。

2)流れ場の仮定
a) 扁平過程の粒子を図-2.11に示すように領域I, IIおよびIIIの3つの領域に分割する。
b) それぞれの領域の流れ場U ur,u!,uz( ,t)を次のように仮定する。ここでtは時間である。Region Iでは流れの速度が時間とともに減少するようにe!”tを導入した。

null

null

c) C1、C2および! は定数で初期条件および境界条件により決定される。
仮定1)の(b)に述べられているように粒子が流動変形するとして、衝突した溶融粒子から広がる円板の拡大速度を求めてみる。図-2.12に示されている球の下部のABCの部分の体積が半径 R、厚さh の円板に変化したとすると、ABCの体積と円板の体積とは等しいから、体積! は

null

と表すことができる。2.25式の中のr はz の関数として図-2.12から次のように表すことができる

null

2.26式を2.25式に代入して解けば

null

が得られる。! は半径 R、厚さh の円板の体積に等しいから

null

が成り立つ。2.28式を時間で微分して

null

が得られる。衝突からわずかな時間が経過したとき、 H = v0t 、 H R0!1であることを考慮すると2.29式は次式のように近似することが出来る。

null

衝突の瞬間すなわちt = 0においてラジアル流の広がる速度は

null

となる。 R0およびhを通常のプラズマ溶射で用いられる粒子径およびスプラットの厚さと見なし、それぞれ25!mおよび1!mとして2.30式に代入すれば初期ラジアル流の噴出速度は粒子衝突速度の5倍にもなる。このことから初期ラジアル流の噴出速度が非常に高速であることが示唆される。

次に、流れ場の式の中の未知の係数C1、C2および! を求める。その準備として衝突後時間tが経過したときの円板の半径 Rを求める。衝突後わずかな時間t0が経過したとき円板の半径が R0であったとすれば

null

が成り立つ。すなわち、時間tのときの半径 Rの円板の体積は半径 R0の円板の体積と時間t0からtまでの間に領域IIから領域IIIに流入した流体の体積を加えたものである。2.32式を解くと

null

が得られる。ここで、衝突後t = !の円板の半径を Rmとし、しかもt0! 0と見なせるから

null

が得られる。t = !では半径 R0= d02の球状の粒子が半径 Rm、厚さh の円板に変形したことを意味する。球の体積と半径 の円板の体積は等しいから

null

が成り立ち、h について解くと

null

となり、さらに、2.33式を時間で微分して円板の広がり速度を求めると

null

が導かれる。t = t0のときすなわち R= R0の場合の円板の拡大速度は

null

となる。一方、2.38式は2.31式と等しいから

null

が成り立つ。

領域IIと領域IIIの境界での流れの連続性から

null

が成立しなければならない。この式を解くと

null

が得られる。2.34式、2.39式および2.41式から未知の定数! 、C1およびC2が次のように求められる。

null

2.33式に2.39式および2.41式を代入すれば粒子衝突後の任意の時間における円板半径 Rが時間の関数として得られる。

null

2.45式に2.36式を代入して、t0! 0であることを考慮すれば2.45式は

null

と簡略化される。2.43式を半径表記から直径表記に改めると、D = 2Rおよびd0= 2R0であるから

null

と書くことが出来る。2.47式を変形すると

null

が得られる。d02Dm2!1とすれば2.48式は次のような簡単な式に近似できる。

null

ここで円板の最大直径 Dmのみが未知であるからこれが求められれば円板の直径 Dが時間の関数として求められることになる。

溶融粒子内の流れ場U ur,u!,uz( ,t)内の速度勾配によって粒子内部に粘性摩擦が生じ、粒子の運動エネルギーは熱に変換されて散逸する。粒子内の領域I、IIおよびIIIの中で散逸するエネルギーをそれぞれ!1、!2および!3とする。粒子表面の変形による表面張力のエネルギーおよび粒子と基材界面に生じる界面張力のエネルギーをそれぞれ EsurfおよびEintとする。粒子が基材に衝突したときに粒子が保有していた運動エネルギーを Ekinとすれば、粒子の運動エネルギーは各領域の流れ場の摩擦によって散逸されたエネルギー、表面エネルギーおよび界面エネルギーの和に等しい。すなわち、エネルギー保存則から

null

が成り立つ。流体の体積がV であるとき、ある領域で単位時間に散逸するエネルギー!iは流体がニュートン流体であると仮定して散逸関数を!iとすれば

null

である。散逸関数!iは流体が内部に速度勾配を有するとき単位体積の流体が粘性によって単位時間に失うエネルギーを表す[26、27]。領域Iでは速度勾配が生じないから!1= 0である。領域IIと領域IIIの散逸関数のみを考慮すれば良いから、粒子の密度を 、流体の粘性率をμ、表面張力を! とし、界面エネルギーEintは無視できるとすれば、2.50式は

null

と書くことが出来る。領域IIのuzに関しては、その領域の半径 R0に比べてその厚みhは極めて小さいのでuzの速度勾配は無視できる。したがって、2.52式には領域IIのuzの項は考慮されていない。2.52式を解いて、

null

が得られる。 Dmd0が4~5の範囲で、2.53式の右辺の第1項を Dmd0の6乗の項のみで近似してその係数をk とし、2項目の括弧内は Dm2d02!1であるから、2.53式を書き換えると

null

が得られる。プラズマ溶射では粒子の衝突速度が大きいので、すなわち表面張力による仕事が粒子の運動エネルギーに比べて無視できるほど小さいので、2.54式の右辺第2項は無視することができ、かつ、

null

とおくと、2.54式は

null

となる。 Dmが求められたので、2.53式を2.46式に代入すると円板の直径 Dが時間の関数として

null

が求められた。衝突時の粒子の直径d0、衝突速度v0、粒子の密度!および流体の粘性率μが得られれば、粒子衝突後の扁平挙動を2.57式で予測することが出来る。2.54式の中で用いられている記号 Reは厳密な意味ではReynolds数ではないが溶射の研究者間ではスプラットに関して記述する際に一般的に用いられている。

2.57式は時間が無限大の場合のスプラット直径と衝突時粒子径の比を示しているが、実際にはある時間が過ぎればスプラット径の変化は無視できるほど少なくなるため、 DとDmの比率が f に達したときの時間をtfと定義する。すなわち、スプラットの直径 Dが fDmに達する時間tfは D = fDmを2.49式に代入して解けば

null

が得られる。例えば Dが Dmの95%に達するまでの時間はt0.95 のように表す。

扁平率が衝突から時間の経過とともにどのように変化するか、溶融Niの粘性率はよく知られており、Ni粒子の衝突を例に取ってモデルの計算例を図-2.13および2.14に示す。

図-2.13は速い速度で衝突した粒子は、遅い速度で衝突した粒子より扁平率は高いが最大径には短時間で達することを示している。一方、衝突したときの粒径が小さいほど扁平率が低く、最大径に達する時間も短いことが図-2.14に示されている。

モデルの妥当性を検証するためにS. Fantassi等の実験報告のデータを用いてモデルとの比較を行なってみる。S. Fantassi等はジルコニア粒子を平滑なスチール基材に衝突させ、扁平率および扁平時間を2色パイロメーターを用いて測定した[3、28]。図-2.15は粒子衝突速度と扁平時間の関係を示している。 tf= t0.95 および tf= t0.97 についてグラフはS. Fantassi等の実験結果との良い一致を示している。また、レイノルズ数と扁平率の関係についての実験結果と本モデルおよびMadejskiのモデル[29]との比較を図-2.16に示す。

このグラフから本研究のモデルはMadejskiのモデルに比べて実験値に近いことが示される。Fantassi等の報告の中でレイノルズ数を決定する際に溶融ジルコニアの粘性係数の実測値がないため計算値4×10-2 kg/m・sを実験値のデータ処理に用いている。従って実験データは粘性の曖昧さを含んでおり、その誤差を考慮しなければならない。その点を考慮するとしてもこの実験結果と本モデルの計算結果とが良い一致を示すことは本モデルの妥当性を示唆している。

null

null

null

2. 5 実験によるモデルの検証

実際のプラズマ溶射の扁平過程は10-6s程度の時間で終了してしまうため、実験で直接観察することは現在の測定技術では不可能である。そこで、低融点金属の溶融粒子を自由落下させて基材に衝突させ、高速度カメラで撮影した粒子の扁平過程からモデルの有効性を検証した。表面を平滑にポリッシュしたアルミナの平板にSn溶融粒子を衝突さ、粒子が変形する様子を撮影した例を図-2.17に示す。2コマ目の写真はラジアル流の直径が既に粒子の直径を超えているが、粒子上部はまだ初期の形状を保持していることを示している。これは先に述べたモデルの粒子変形の仮定の正しさを示している。溶融Snの扁平過程の実験報告がR. Bhola等によりなされている[30]。この報告にはSnの変形過程の鮮明な写真が掲載されており、この実験事実も本研究の仮定が妥当で在ることを示している。

null

溶融金属の自由落下衝突現象を撮影するための実験装置の模式図を図-2.18に示す。SnまたはZnをガラスチューブに充填し電気炉内に保持して溶融した。溶融した溶融金属粒子がガラスチューブから落下する瞬間を感知して、高速度カメラにトリガー信号を送信し、粒子の基材への衝突時期と撮影のタイミングを合わせた。ガラスチューブの内径は10mmで溶融金属の粒子が落下する先端の内径を約φ0.35mmにまで絞り、ガラスチューブ内の溶融金属は所定の温度に制御した。表-2.2および2.3に実験に用いた金属その他の諸条件を示す。衝突速度v0は次式から求めた。

null

ここで gおよび L はそれぞれ重力加速度および粒子落下高さである。粒子の直径は衝突試験後にその重量を測定して求めた。自然落下による粒子衝突速度は、溶射の場合の衝突速度に比べて二桁ほど小さいので溶融金属の表面張力の影響は無視できない。

null

粒径の異なるSnの溶融粒子をアルミナ基材に衝突させた扁平実験の結果を図-2.19に示す。粒径2.7、2.4および2.1mmのSn粒子について扁平率が時間とともに増加していく様子が示されている。衝突から1msを超えるくらいまでは、粒径が小さいほどスプラット直径の拡大率が大きく、短時間に一定の直径に達する。これは本研究のモデルの予測する所と良く一致する。3種類の粒径ともカーブがフラットになった後、幾分扁平率が下がることがグラフに示されている。扁平のために粒子の運動エネルギーが消費された後、スプラットはまだ液体であり、その表面張力により縮む力が働くためである。その後、基材に熱を奪われてスプラットは凝固する。

表-2.2 溶融金属落下実験条件1

実験No 金属材料 基材材質 粒子温度 [ K ] 基材温度 [ K ] 落下高さ [ mm ] 材料融点 [ K ]
1 Sn Al2O3 773 293 700 505.1
2 Sn Al2O3 773 293 700 505.1
3 Sn Al2O3 773 293 700 505.1
4 Sn Al2O3 773 293 700 505.1
5 Sn SUS-304 773 293 500 692.7

表-2.3 溶融金属落下実験条件2

実験No. 粒子径 [ mm ] 衝突速度 [ m/s ] 粒子密度 [ kg/m3 ] 粘性率 [ mPa”s ] 表面張力 [ mN/m ] 出典
1 2.7 3.704 6,761 1.91 560 参考文献
[24、31]
2 2.7 3.704 6,761 1.91 560
3 2.4 3.704 6,761 1.91 560
4 2.1 3.704 6,761 1.91 560
5 3.7 3.130 6,575 3.22 782

図-2.20から図-2.22のグラフはモデル計算とSnの扁平実験の結果を比較している。図-2.20は直径2.7mmの溶融Snをアルミナ基材に衝突させた2回の実験結果とモデル曲線を比較した結果を示している。モデル曲線は表面張力の影響を考慮した場合としない場合の2種類が描かれている。表面張力を考慮した曲線の方が実験結果との一致が良い。モデル曲線は扁平過程の最終段階での表面張力による縮みを考慮していないため時間の経過とともに実験結果とのズレが大きくなる。図-2.20から図-2.22に示されるように扁平率の変化が大きい間は、溶融粒子の粒径の大小に関係なくモデル曲線と良く一致する。しかし、小さい粒径ほど扁平率の拡大が停止するまでの時間が短くなる傾向がある。おそらく粒径が小さいほどスプラットの温度降下が速いため温度降下による溶融金属の粘性率の増加によってエネルギーの散逸速度が速くなるものと思われる。しかし、本実験では粒子の運動エネルギーが全て散逸されスプラットが最大形に達してもまだスプラットは溶融状態を保持している。しかも、この時点でスプラットが凝固せず表面張力でスプラットが収縮するということは、実際の溶射スプラットの基材への熱伝達速度にくらべてかなり遅いことを示している。溶射の溶融粒子温度は1,500~2,000℃で基材温度は高々200℃でスプラットと基材の温度差は1200~2300℃にも達する。他方、溶融金属の自由落下実験では基材・スプラット間の温度差は高々500℃程度であるため、自由落下Snスプラットから基材への熱伝達が実際の溶射に比べて小さいものと思われる。おそらく溶融金属の自由落下実験は本モデルの等温条件に近い条件であろう。プラズマ溶射に使用されるパウダーの粒径は10~100!mであり、他方、実験に用いられた溶融金属粒子の直径は2mm以上であった。実験に用いられた粒子の質量は溶射粒子の質量の103倍ほどになる。他方、溶射粒子の温度は1,500~2,000℃であり、自由落下粒子の温度500℃に比べて高々3~4倍程度であるので、質量が103倍程度の違いがあることを考えると、Sn粒子が保有する熱量は溶射粒子が保有する熱量に比べて遙かに大きいため、Sn粒子が扁平過程を完了しても凝固しないのであろう。しかも、Sn粒子と基材との温度差も溶射粒子と基材との温度差に比べて小さいのでSn粒子の凝固が溶射粒子の凝固に比べて遅いものと思われる。

図-2.22はZnの溶融粒子の扁平実験の結果とモデル曲線を比較したグラフである。Snの場合と異なり、Zn粒子の実験結果は表面張力を考慮しない曲線とほぼ一致している。Znの表面張力はSnよりかなり大きいため、この効果が大きく現れなければならない。Znに関しては実験数が一例しかないので結論を出すのは早計であるが、モデルと実験結果は比較的良い一致を示している。

溶融SnおよびZn粒子に関する衝突・扁平実験結果はモデルの予測と良い一致をみた。

従って、この溶融粒子扁平現象の解析モデルの妥当性が示された。

null

null

2. 6 粗面上の溶融粒子衝突・扁平現象

通常プラズマ溶射皮膜は皮膜との密着性を確保するためにサンドブラスト、ウォータージェットあるいはレーザー照射等により粗面化された基材上に形成される。これまで粗面上の溶融粒子の衝突・扁平現象に関する研究は平滑平面上の扁平現象の研究に比べて少なく、理論的な研究はほとんど見受けられない。C. Moreau等は平滑化および粗面化したガラスおよびモリブデン基材上にモリブデン粉末を用いたプラズマ溶射実験を行ない、粗面の粗度が扁平現象に与える影響を調べた。報告はガラスおよびモリブデン両基材ともに平滑平面上のスプラットの扁平率は粗面上の扁平率よりも大きく、しかも粗度が大きいほど扁平率が低くなることを示している[32]。A.C. Leger等は平滑化または粗面化されたスチールおよびジルコニア基材上にジルコニアをプラズマ溶射してスプラットの扁平率および冷却時間の研究を行ない、基材粗さがスプラットの扁平率に影響を与え、扁平率を減少させると報告している[33]。L. Bianchi等はステンレススチール基材上にアルミナをプラズマ溶射して平滑面と粗面上のスプラットの形状および基材との結合力を比べている[34]。一方、有限要素法を用いて基材粗さを考慮した扁平モデルをZ.G.Feng等は提案している[35]。しかし、モデルは実際の粗さを定式化するのではなく、単に粗さを溶融粒子と基材間に生じる摩擦力に置き換えているのみである。報告はスプラットの大きさ、形状および扁平時間等に関する実験報告が大部分を占めており、扁平過程に与える粗面の影響について理論的な検討はなされていない。

null

基材粗さは皮膜の密着性、内部応力および気孔率等の皮膜特性に大きな影響を与える実用上重要な因子である。これまでに述べたように基材の表面粗さを考慮した研究報告は少ないが、面粗度が皮膜特性に与える影響を解明する研究が待たれる。そこで、粒子扁平過程における基材面の粗度とは何か、また、どのように粗度を定義あるいは定式化すれば粗面上の扁平過程をモデル化することが可能になるか、粗度の定式化および粗面上の衝突溶融粒子の扁平過程モデルについて考えてみた。表面粗さについてはこれまで機械加工された材料表面の粗さを表現するために図-2.24に示すような二次元表面プロファイルを用いてRa、Ry、Rz粗さ等の定義が用いられている。しかし、これらの粗さの定義をそのまま用いてブラスト粗面上の扁平過程を解析することは出来ない。溶融粒子が基材に衝突した後、基材上で流体の流動を考えるとき、基材粗さが流れに与える影響をどのように解析すればよいか以下で検討してみる。

はじめに、数学的に記述可能な仮想的幾何学形状を有する表面粗さの例を図-2.24に示す。円錐体、四角錐、半球、円柱あるいは基材から円柱が掘り出された後の井戸のような空洞が一定の間隔で配置されている、このような幾何学的に定式化できる表面に溶融粒子が衝突した後の流体の流動過程について考えてみる。例えば、図-2.24の“a”に示されているある一定の直径および高さを持つ円錐体が、一定の間隔で平面上に配置されているような単純な粗さ形状を持つ基材上に溶融粒子がある速度で衝突したとすれば、解析的な定式化を行って解くことは不可能であろうが、コンピュータを用いて数値流体力学的に解くことは可能であろう。しかし、表面がさらに複雑で周期性を持たないような粗さであった場合、数値解析的に解くことすらほぼ不可能であろう。例えば、ある一定の面積をとれば他の同一面積と比較して同等で、その限りにおいて周期性を有する粗面であっても、その基本となる一定の面積内の粗さの定式化を行わない限り、やはり計算は不可能であろう。実際のプラズマ溶射ではサンドブラスト法を用いて基材の粗面化を行なう。ブラストされた粗面は複雑な形状を有しておりその定式化には困難を伴うが、ブラスト処理された粗面を定式化するモデルを提案し粗面上の溶融粒子扁平過程を解析してみる。

まず、図-2.25の”a”に示されている幾何学的に単純な表面を用いて、衝突粒子の扁平過程に影響を与える表面粗さの概念を示す。円錐体の底面の半径をbおよび高さをlとしたとき、基材単位面積あたりn個の円錐体がお互いに重なり合うことなく存在すれば、単位面積にlを乗じた体積からn個の円錐体の体積を減じた値 RVは

null

となる。この体積は単位面積に円錐体の高さを乗じた体積の中で、固体の存在しない空隙部分の体積を示しており、すなわち流体が流れることの出来る空間を示している。2.60式を

null

と書き換える。nullであるから j <1である。この RVを粗面上の流体流動を解析するための表面粗さとする。図-2.25の”a”以外に示される図の面粗さ RVは当然異なる。

さらに、 jとl以外にそれぞれの表面を流れる流体の流れにくさの指数として、k を導入する。この3つの指数を用いて表面粗さを定義する。この概念をブラストされた粗面に当てはめてスプラット扁平過程における基材粗面の粗さ指標を一般化する。

null

サンドブラストされた粗面のある一定の面積を超えた領域の中から小さな面素を幾つか無作為に取り出した時、それらの面素の粗さが等しくなる、ある大きさの面積が存在するであろう。すなわち粗面は局所的には一様ではないが、微少なある一定の面積を取り出したときの粗面は一様と見なせるものとする。その一定の面積は基材と接するスプラットの面積に比べて十分小さいと仮定する。すなわち通常スプラットの直径は50~200!m程度であるから、それらの長さより一桁小さなオーダーと仮定する。ある領域の粗面の平均的な山の高さがlであったとすれば、その面粗度を2.61式で定義する。粗面上の溶融粒子の扁平過程を模式的に図-2.26に示す。山の平均的高さlの粗面上の空隙は単位面積あたり RV= j!lであるから粗面上の空隙部分に存在する流体の体積! はその空隙の体積に等しく

null

である。図-2.27に示すように粗面上の流れ場を厚さ! の下層部分と厚さh!” の上層部分の2層構造と考え、下層! の部分を流れる流体は上層より流動しにくいので流れにくさを表す係数k を導入した流れ場を考える。

null

null

平滑平面上での扁平過程の流れ場の仮定と同様にRegion Iの流れ場は計算上無視できるのでRegion IIおよびIIIの領域のみを考慮すればよいから、基材上の粒子円板内の流れ場U ur,u!,uz( ,t)を2.24式と同様に次のように仮定する。基材から厚さ! の部分は流れにくさの指標 k を導入し、かつ、U ur,u!,uz( ,t)において成分ur以外は無視できるため2.24式と同様に流れ場を

null

と仮定する。 k は粗面の谷の部分を流れる場合の流れにくさを表している。 k =1であれば谷の部分を流れる流体には全く抵抗がないことを意味し、 k = 0であれば谷の部分では抵抗が大きいため流体は全く流れないことを意味している。2.64式および2.66式の k!2の項は z =! の面で2.63式と2.64式および2.65式と2.66式の流れの速度が等しくなるように導入した。

衝突から時間tが経過した時の円板の体積について、円板の半径 R(t)、厚さhから

null

が成り立つ。ここで R0は衝突からt0経過した時の円板の半径である。また、2.67式の第2項はt0からtの間に領域IIから領域IIIに流入する流体の量であるから

null

が成立しなければならない。2.68式を計算して2.67式に代入すると

null

が得られる。R= R0のときの Rの拡大速度は2.69式を時間で微分することにより求められる。すなわち、

null

が得られる。一方、t = 0のときの拡大速度は2.28式に示されているように

null

である。t0! 0と見なせるから2.70式および2.71式から

null

が得られ、C2について解けば

null

が求められる。

また、次の境界条件として領域IIから流出する流体の量と領域IIIに流入する流体の量は等しくなければならないので、

null

が成り立つ。2.74式から

null

が得られる。なお、2.69式でt = !の円板の半径を Rmと置き、t0! 0であるから

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が得られる。これを! について解けば

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が求められる。2.73式、2.75式および2.77式からC1、C2および! が次のように求められる。

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衝突した球の体積全てが円板に変わったとすれば、球の体積と円板の体積は等しいので2.36式の半径表記から直径表記に改めると次式が求められる。

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2.69式に2.78式、2.79式および2.80式を代入し、さらに2R= D、2Rm= Dmおよび2R0= d0であるから、半径をそれぞれの直径に置き換えれば、時間とともに変化する円版の直径 Dは

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となり、粗面上の扁平の式の形は平滑平面上の扁平過程のそれと形式上等しくなった。

しかし粗面上の Dmの値は当然平滑面上のものと異なる。以下に粗面上の Dmを求めてみる。平滑平面上の扁平過程と同様にエネルギー保存則から、粒子の運動エネルギーは粒子内の流れ場の速度勾配で生じる粘性摩擦によるエネルギー散逸と表面張力および界面張力による仕事に費やされるので、2.49式と同様に

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が成立する。ここで、 μおよび! はそれぞれ流体の粘性率と表面張力である。界面張力は無視できるものとして2.83式から除外した。2.83式に2.63式、2.64式、2.65式および2.66式を代入すると

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が得られる。さらに計算を進めると

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が得られる。2.85式を平滑平面上の扁平過程で行なったように近似し、整理すると2.85式は

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となる。表面粗さ! と流れのパラメータ k を含んだ扁平の式が得られた。2.86式の中のhをd0と Dmで表し、粒子の表面張力を無視できるとすれば、右辺第2項が無視できるから次式が得られる。

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2つの粗さを表すパラメータ! = RV= j”lの式の中の jおよびl、ならびに粗面の谷の中の流体の流動性を表す k の3個のパラメータを用いることにより粗面上の扁平過程の式を求めることが出来た。

2.85式で k = 0であると、すなわち粗さ面の谷の部分の流体が全く流れない状態であれば、次式のように簡略化できる。

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2.87式は Dm2d02の三次方程式であるから Dm2d02について解くことが出来る。

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であれば、次式が得られる。

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となる。2.90式で表される扁平率 Dm2d02は平滑平面上では2.57式で表されるReynolds数のみの関数であったが、粗面上では粗さの因子を含むだけでなく基材衝突時の粒子直径をも含んだ関数で表される。

今のところ溶射溶融流体の流動性に与える粗度の影響を一般的にとり扱うことは相当困難であるか、おそらく不可能だと思われる。粗さの新しい概念の創造と三次元的な粗さの測定法およびそのデータ処理ができるソフトウェアの開発が待たれる。流体の流動性に関する流動面の表面粗さの表現が今後の研究によって早い時期に一般化されることが望まれる。ここでは、これまで得られた結果を3つのパラメータが扁平過程にどのような影響を与えるか纏めてみる。

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粗面上の扁平率がReynolds数との関係において、粗さとどのような関係にあるか計算した結果を図-2.28に示す。粗さのパラメータは3種類あり複雑になるので、k = 0.5 の場合すなわち粗面の中では流体の流れにくさが中位の場合について、粗さの1つのパラメータである粗さの高さを示す lをパラメータとしてReynolds数との関係について考えてみる。ただし、粗さの空隙率を示す jは0.5として扁平率に対する粗さの影響を図-2.28に示し、粗面の山の高さの増加とともに扁平率が減少することが示されている。扁平率は粗さだけでなく粒径の影響も受ける。すなわち大きな粒子は小さな粒子に比べて粗さの影響を受けて谷の中に充填される流体の比率が小さいので粗さの影響を受けにくい。粒子直径をパラメータとして扁平率とReynolds数の関係を図-2.29に示す。Reynolds数の増加とともに扁平率は増加し、その割合は粒子径の増加とともに大きくなる。扁平率と粒子径の直接的な関係を図-2.30に示す。グラフはReynolds数が等しくとも衝突粒子の直径の増加とともに扁平率が大きくなり、粗面上の扁平過程では粒径が扁平率に大きな影響を与えることを示している。j = 0.5としk を0~0.5まで変化させたとき粗面の粗さを代表する山の高さlが扁平率に与える影響を図-2.31に示す。山の高さlの増加とともに扁平率が急激に減少することが示されている。粗面での流れ易さを示す k の影響は、粗さが大きくなるまであまり寄与しないことも示されている。図-2.32に粒子の扁平時間と粗面の山の高さlの関係を示す。図-2.31の扁平率との関係を示すグラフと似た傾向を示している。

平滑面であれば1.15!sほどの扁平時間であるが、lが2の場合は約0.9!sほどで扁平が終了してしまい、20%程度扁平時間が短くなることが示される。

C. Moreau等は2色パイロメーターを用いて溶融Mo粒子が基材に衝突した瞬間から粒子からの放射エネルギーを測定して衝突粒子の扁平過程中の粒子の扁平度および扁平時間を測定した[32]。基材としては平滑化および粗面化したガラスとMo材料を用いた。

扁平率と粗さの関係を示す実験結果と本モデルの計算値を図-2.33に示す。ガラスおよびMo基材上のMo粒子の扁平率が基材の粗さとともに減少していくことをグラフは示している。Mo基材上の粒子扁平率の減少がガラス上に比べて著しい。基材の熱伝導率が扁平過程に影響を与えているものと思われる。すなわち、Moの熱伝導率がガラスに比べて高いので粒子内の熱が基材に速く奪われて粒子温度の降下が速まり溶融流体の粘性率が増加するのでエネルギー散逸が速まり扁平率が小さくなる。また、溶融粒子と基材の濡れ性も粒子の温度降下に影響を与える。およらく、ガラスよりモリブデン基材の方がMo溶融流体に対して濡れ性が優れており、その結果、粒子から基材への熱伝達がさらに大きくなる。実験結果とモデルは扁平率と基材粗さに対する傾向は概ね良い一致を示している。本モデルでは等温過程と仮定しているため、扁平率の減少は実験結果より緩やかであるが、最も粗さが大きいガラス上の扁平率がモデルの値を上回っている。この理由は不明であるが詳細な説明を行うためには粗面上の扁平挙動に関するさらなる実験データが必要である。

同様に扁平時間と基材粗さに関する実験データと本モデルの比較において、粗さとともに扁平時間は減少することが図-2.34に示されている。Mo基材上の扁平時間はモデルと良い一致を示しているが、ガラス基材上の扁平時間はモデルに比べて減少傾向が小さい。C. Moreau等は粗さの指標としてRaを用いているが、このモデルの粗さの定義をそのままRa粗さと直接対比するのは無理があると思われが、等しいものとしてデータ処理をおこなった。

実験値と比較するためのモデル曲線を計算するにあたって必要な溶融Mo粒子の粘度、密度、粒子径および衝突速度に関する値は不明であるので、文献[32]のC. Moreau等の平滑平面上の扁平率の実験データ、すなわち基材の粗さが0の時の扁平率を2.92式に代入してReynolds数 Reを求めた。このとき2.92式の粗さ指標はl = 0である。求められたReynolds数 Reを改めて2.92式に代入し j = 0.5として2.92式を計算した。粒子径d0の値は彼らの実験に用いた粒径範囲32~45!mの中間値38.5!mを用いた。この様にして図-2.33に示す理論曲線を求めた。また、図-2.34式の理論曲線は D = 0.95Dmとl = 0の時2.92式をを2.82式に代入して扁平時間を求めた。この様にして得られた曲線を図-2.34に示した。溶射粒子の扁平過程に基材の表面粗さの寄与を織り込んだ本研究の粗面上扁平モデルは Moreau 等の粗面上の扁平実験結果とかなり良い一致を示している。すなわち粗面上の扁平率は平滑面上の扁平率の値より小さくなることが実験結果に示されており、本モデルとこの実験結果とは良く一致していることが示された。これはモデルの妥当性を示している。

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参考文献

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第3章 スプラットの冷却現象

3. 1 緒 言

溶融した溶射粒子は基材に高速で衝突した後扁平過程を経てディスク状のスプラットを形成する。このスプラットは基材に熱を奪われて急速に冷却され、凝固し、基材に拘束される。その後、スプラットは基材の温度と等しくなるまで冷却される。スプラットの温度降下現象はスプラット中のクラック発生あるいは溶射皮膜中の熱応力発生の原因となり、皮膜の密着性あるいは気孔率、機械的強度等、皮膜の特性に大きな影響を与えるプロセスである。従って、スプラットの冷却現象を明らかにすることは、溶射皮膜の特性を理解する上でも必要である。しかし、スプラットの温度降下が非常に速いため、その現象を観測することは容易ではない。篠田等はプラズマ溶射法によりYSZ粒子を石英基材に衝突させ、粒子が扁平、凝固して冷却する過程を2色パイロメーターを用いて観察した。粒子が衝突してから最大のスプラット径に達する時間が約1!sであり、スプラット冷却時間が5~40!sになると報告している[1-3]。A. McDonald等は平滑なガラス基材にモリブデンおよびアモルファススチールの粒子を高速で衝突させ、その扁平、凝固過程を同様に2色パイロメーターを用いて観察している。また、溶融Ni粒子をステンレスチール基材に衝突させて基材の酸化がスプラットの扁平、冷却過程に与える影響についても報告している[4 – 6]。M.F. Bahbou らはTi基材にNi-5%Al粒子を衝突させ、その扁平および温度降下中におけるTi基材の酸化の影響を調べている[7、8]。Ti基材の酸化はスプラットの拡大および冷却速度を速めていると報告している。C. Moreau等はスプラットが厚くなるとスプラットの冷却速度が遅くなることを報告している[9]。J. Cedelle等はミリメートルオーダーのNiおよびCu粒子を予熱されたSUS-304L基材に自由落下させ、その扁平、冷却過程を観察した。基材表面にある種の粗さパラメーターを導入して粒子の扁平過程にその粗さが与える影響を調べた。その影響をプラズマ溶射したジルコニア粒子にも適用し、冷却過程で基材粗さがスプラット形状に与える影響について報告している[10, 11]。R. Dhiman等は扁平過程中のスプラット・基材界面の固相の厚さをパラメーターとしてスプラットの扁平、冷却過程を解析し、スプラットの形状および冷却速度の研究を行ってスプラットの形状が固相の厚さパラメーターに依存することを報告している[12]。上記の報告はスプラットからの放射エネルギーを溶融粒子が基材に衝突した直後から時間を追って測定することによりスプラットの扁平および冷却現象を明らかにしようとしている。

他方、理論的な解析により現象を理解しようとする試みもなされている。しかし、スプラット冷却過程の理論的解析の研究はわずかである。A. McDonald等は一次元モデルを用い、スプラット基材間に熱抵抗の存在を仮定してスプラット冷却過程を数値シミュレーションで解いた。加えてガラス基材上のMoおよびジルコニア、加えてインコネル合金上のMoの扁平、冷却過程を観察し、スプラットの温度を測定した[13]。シミュレーションの結果と実験結果と比較している。M. Amara等はスプラット・基材間に気孔がアトランダムに存在するとの仮定を用い、三次元モデルを用いてシミュレーションを行った[14]。しかし、スプラット内の温度分布の詳細についての記述はない。

スプラットと基材界面の構造に関するモデルの研究もほとんど存在せず、また、その構造を考慮したスプラット温度降下に関する数値解析モデルの研究も少ない。そこで、スプラット・基材間のミクロな構造を織り込んだスプラット温度降下の解析の前に、まず、一次元熱伝導モデルを用いてスプラットの冷却過程の計算を行った。スプラット冷却時のプラズマジェットからの熱放射の影響およびプラズマジェットの噴流の影響等を検討した。次に実験によりスプラット・基材界面の構造を観察して新たなスプラット・基材界面の微細モデルを考案した。そのモデルを組み込んでスプラット冷却過程の三次元シミュレーションを行った。

3. 2. 一次元スプラット冷却モデル

高温・高速のプラズマジェットに適正な粒度の粉末材料を供給すると、粉末粒子はジェットにより加速されると同時に加熱・溶融される。第2章に述べたように、溶融粒子は高速で基材に衝突し、衝突時の粒子の運動エネルギーにより扁平して最終的には薄い円板状になる。この過程を模式的に図-3.1に示す。円板状のスプラットは基材に熱を奪われて凝固し、基材に拘束されて基材の温度まで下がっていく。プラズマ溶射はこのように溶融粒子が次から次へと基材に衝突し被膜を形成するプロセスである。

溶融粒子が球体から円板に変形するのは、高速で衝突する粒子は大きな運動エネルギーを持っており、衝突した後基材に平行な放射状の流れが生じて基材上で広がっていくためである。もし粒子が基材に垂直に衝突したのであれば、基材に垂直な軸に対称なラジアル流が生じ、この粒子内流れには大きな速度勾配が生じる。この粒子内の速度勾配によって生じる摩擦により粒子が持っていた運動エネルギーは熱に変換されて基材へ伝わり散逸する。運動エネルギーがすべて散逸するまで粒子は円板状に広がっていく。運動エネルギーが全て散逸してこれ以上拡大しない状態になったとき、粒子はまだ凝固せず液相状態である。もし扁平過程の途中で粒子が凝固するならば衝突した粒子は平坦なディスク状にならず厚みに分布を持つはずである。しかし溶射中の基材上に捕捉される粒子は第1章の図-1.9に示すように薄い平らな円板である。このことから溶融して基材に衝突した粒子は扁平過程の途中では凝固しない。この章の研究の目的は粒子が完全に溶融した状態で基材に衝突し、全ての運動エネルギーが散逸されて扁平運動が終了した後のスプラットの温度降下の挙動について明らかにすることである。

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3. 2. 1 スプラット・基材系の熱伝達

高温のスプラットが室温の基材上に拘束されている系について熱の流れを考えてみる。

この時スプラットはどんな材料であれ融点以上の液相であるものとする。まず、高温下のプラズジェットからスプラットへの輻射伝熱および対流伝熱を考えてみる。プラズマジェットのノズル出口の温度は1~2万度にも達する。ジェットからの対流および輻射伝熱はプラズマ噴流およびトーチ出口面積に対して基材表面の面積が十分広いものとすればスプラットおよび基材表面のみへの影響を考慮すればよく基材側面および裏面への影響は無視できる。スプラットの温度は1,000~3,000℃と比較的高温であるため、スプラット表面からの放射冷却を考慮する必要があり、また基材に比べてスプラットは遙かに高温であるため、スプラットから基材への熱伝達を考えなければならない。おそらくこの熱伝達が最も支配的と思われる。この際スプラット・基材界面は完全に接合しているのではなく、界面に雰囲気ガスをトラップしているので、界面の熱抵抗を考慮しなければならない。最後にスプラットを含む基材上面から流入した熱量は、基材側面および底面を通して雰囲気の気体に対流伝熱するので、基材から外部への熱流失を考慮しなければならない。以上をまとめると以下の現象が系に生じていることになる。

(1)プラズマジェットからスプラットおよび基材への輻射伝熱
(2)プラズマジェットからスプラットおよび基材への対流伝熱
(3)スプラットからの放射冷却
(4)スプラットから基材への伝導伝熱(スプラット・基材界面の気孔を考慮して)
(5)スプラットおよび基材から雰囲気気体への対流伝熱

系全体の熱の流れについて図-3.2に模式的に示す。(4)のスプラットから基材への伝熱伝導が支配的とし、他の伝熱に関しては無視できるものとしてスプラットの冷却過程についてとりあえず考え、その後プラズマジェットからの輻射伝熱および対流伝熱について考察する。

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3. 2. 2 スプラットから基材への伝導熱伝達

溶融粒子が基材に衝突、扁平し、スプラット径が最大になった後スプラットの冷却が始まり、時間とともにスプラットの温度が降下していく現象を考えてみる。時刻t = 0のとき半径 Rp、厚さhpで温度Tp0のスプラットが半径 Rs、厚さhs、温度Ts0の基材上に付着しているとする。時刻t = 0ではスプラットおよび基材温度はそれぞれ一様であるとする。図-3.3にスプラットおよび基材のディメンションを示す。スプラットおよび基材の熱伝方程式を円筒座標系で表すと

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と書くことが出来る。スプラットおよび基材の温度分布はスプラットの中心を通る垂直軸に対称とすれば角度! には依存しないので3.1式は

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となる。熱伝導率!が温度に依存しないとすれば3.2式は

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と書くことが出来る。スプラットおよび基材材料の密度をそれぞれ !p、!s、熱容量をcp、cs、熱伝導率を!p、!sとする。スプラットおよび基材の密度、熱容量および熱伝導率を考慮すると、スプラットおよび基材の領域を支配する熱伝導方程式はそれぞれ

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となる。3.4式および3.5式を以下の初期条件および境界条件で解けば、スプラットおよび基材の温度が時間の関数として求められる。初期条件はスプラットでは

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であり、基材では

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である。

次に境界条件について考えてみる。スプラットと基材の界面が完全に接触しているものとすれば、スプラットおよび基材の接触面の温度は等しく、界面の熱流束は等しくなければならないので、

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である。なおスプラット表面へのジェットからの熱伝達および基材側面および裏面の熱伝達の境界条件に関しては後に述べる。
なお、式3.2式および3.3式を次のように書き換える。3.2式は

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となる。ここで

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である。同様に3.3式は

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となる。ここで

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である。3.10式および3.12式によって系が軸対象であるスプラット・基材の熱伝導方程式が得られた。

3. 2. 3 スプラット冷却過程の一次元モデル

スプラットは厚さが1~2!mと薄く、その直径が100~200!mであるからスプラットの中心近傍のみに注目すればスプラット・基材間の熱伝導は半無限平板の一次元非定常熱伝達問題として見ることができる。すなわち半無限の基材の上に非常に薄い無限平面のスプラットが載っている系の問題に帰結する。一次元問題は二次元問題に比べて計算が容易なので、まず一次元問題として幾つかのスプラット材質と基材材質の組み合わせについて解いてみる。

半無限平板上のスプラットの厚さをhpとし密度、熱容量および熱伝導率をそれぞれ !p、cpおよび!pとする。同様に半無限の基材の密度、熱容量および熱伝導率をそれぞれ !s、csおよび!sとする。スプラットおよび基材の熱伝導方程式は

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と書くことが出来る。初期条件は、

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と表される。すなわち、スプラット内部および基材内部の温度はそれぞれTp0、Ts0と一様である。無限平面のスプラット表面の境界条件を断熱条件と仮定し、かつ、スプラット・基材間は完全接触をしているものとして界面の温度は等しく熱流束も等しいと仮定する。すなわち境界条件を次のように仮定する。スプラット表面では

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であり、スプラット・基材間では

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である。

初期条件3.16式および3.17式、ならびに3.18式および3.19式の境界条件を用いて3.14式および3.15式を解けば半無限一次元モデルのスプラットの冷却解が得られる。3.14式および3.15式は解析的には解けないので差分法を用いて解くこととする[15、16]。スプラットの材質としてMoおよびジルコニア、基材としてFeおよび石英を用いた。差分計算するにあたってスプラットの厚さとして1!mと2!mを採用し、基材厚さは200!mとした。数値解析では基材の厚さを無限大に設定することはできないのでスプラットの厚さに比べて十分大きい値を採用した。初期条件のスプラット温度としては3,000℃および3,500℃の2条件を採用し、基材温度は100℃とした。先に述べたように境界条件はスプラット表面では断熱とし、数値解析では基材裏面は等温とした。基材およびスプラットの材料の熱的データを表-3.1に示す。

材料 固体 液体
熱伝導率 比熱 密度 熱拡散率 熱伝導率 比熱 密度 熱拡散率 融点 溶融潜熱
W/(m・K) J/(kg・K) Kg/m3 m2/s W/(m・K) J/(kg・K) kg/m3 m2/s J/kg
λ C ρ α λ C ρ α Tm Lm
Mo 89 339 9340 2.65E-05 84 570 9340 1.57E-05 2630 2.90E+05
Fe 29.7 791 7015 5.35E-06 795 7015 5.32E-06 1536 2.47E+05
ZrO 22 609 5890 5.57E-07 2700 8.52E+05
石英 2.17 1120 2190 8.84E-07

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初期温度3,500℃、厚さ2!mのMoスプラットの内部温度がFe基材上で時間の経過とともに降下する状況を図-3.4に示す。基材側の温度分布に注目すると20!s経過後ではスプラットの表面から約30!m以上離れたところでは基材温度は初期温度と等しくなることが示されている。すなわち、基材への熱の浸透はスプラットの厚さの約15倍程度であった。

従って、差分計算にあたってスプラットの厚さの100~200倍にあたる基材厚さ200!mの仮定は十分であったことを示している。

FeおよびSiO2基材上のMoならびにZrO2スプラットの内部温度分布が時間とともに変化する様子を図-3.5に示す。図-3.5(a)に示すようにFe基材上のMoスプラットの場合は冷却が始まった初期の1×10-7sまではスプラット内の温度勾配が大きいが、3×10-7s以降の温度分布はほぼフラットである。熱伝導率のさらに低いSiO2基材上のMoスプラットの場合は冷却開始初期には基材・スプラット界面近傍では温度勾配が大きいが、2×10-7s以降では温度勾配がほとんど存在せず、逆に基材側の温度勾配が非常に大きいことを図 -3.5(b)は示している。基材の熱伝導率の高低がスプラット内の温度勾配を支配していることを示している。また、スプラット全体の温度降下速度も基材の熱伝導率が高いほど速いことを示している。

Fe基材上のZrO2スプラット内の温度勾配は非常に大きく初期の頃はスプラット表面と界面とのわずか2!mの間で2,000℃以上の温度差が生じることを図-3.5(c)は示している。

一方、基材のFe内の温度勾配は小さいことがグラフから分かる。一方、SiO2基材上のZrO2スプラット内の温度勾配は基材とほぼ等しいことを図-3.5(d)は示している。

これらの計算結果から基材の熱伝導率がスプラットの冷却速度に強い影響を与えることが判明した。すなわち熱伝導率の高い基材上のスプラットの冷却速度は熱伝導率の低い基材上のスプラットの冷却速度に比べて大きい。ZrO2スプラットを例にとれば2×10-5s後でFe基材上とSiO2基材上では1,000℃ほどの温度差が生じている。基材の熱伝導が高い場合スプラット内に大きな温度勾配が生じるため溶射皮膜内に大きな熱応力が生じる。

従って、基材の熱伝導率は皮膜の密着性に強い影響を与えるものと思われる。

熱伝導率の異なる2つの基材とスプラット材質を組み合わせた場合のスプラット表面の温度の降下速度を図-3.6に示す。このグラフは熱伝導率の低いSiO2基材上のスプラットが熱伝導率の高いFe基材上のスプラットよりも表面温度の冷却速度が小さいことを示している。同一の基材上では熱伝導率の高いMoスプラットの方がZrO2スプラットよりも冷却速度が大きいことが図-3.6に示されている。スプラットの冷却速度は基材の熱伝導率が支配的である。図-3.6のグラフの横軸の5×10-6sの近傍でスプラット冷却曲線の一部がやや平行になっている部分は溶融潜熱の影響を示している。グラフ上では溶融潜熱の影響はZrO2スプラットのカーブには明瞭に示されているが、Moスプラットのカーブ上には見えない。Moの熱伝導がZrO2に比べて大きいためスプラット冷却への潜熱の影響は少なく、Moの潜熱の影響はグラフの時間軸を伸ばせばグラフ上に表すことができる。

図-3.7はスプラットの厚さがスプラット冷却速度に大きな影響を与えることを示す。グラフは厚さが1!mのZrO2スプラットは2!mのスプラットに比べて冷却時間が短いことを示している。初期温度が異なった場合のスプラット温度の冷却速度のグラフを図-3.8に示す。初期温度が低いスプラットが初期温度の高いスプラットと比べて基材温度に達する冷却時間が短いことが図-3.8に示されている。なお、スプラットが融点に達した後の温度降下率は初期温度の違いにはそれほど影響を受けないように見える。

モデルの妥当性を検証するためには様々な実験データとの比較検証が必要であるが、現在、スプラット冷却実験はすべてスプラットの表面からの放射エネルギーの測定による方法である[1-8]。スプラット内部の温度分布に関する情報は多くの研究者から望まれているが、測定の困難さから未だ測定されたことはない。篠田等が2色パイロメーターを用いて、ガラス基板上のZrO2スプラットの放射エネルギーを測定したデータの一例とSiO2基材上のZrO2スプラットの表面温度冷却曲線を比較した[1]。2色パイロメーターの感度を考慮するとスプラットの面積が小さいため(直径100~200!m)、恐らく、1,000℃より低い粒子からの放射光の信号は検知不可能と思われる。従って放射エネルギーを温度換算するとき粒子低温部は500~1,000℃嵩上げする必要がある。篠田等の実験データと計算曲線を比較したグラフを図-3.9に示す。計算した曲線と実験値とは良く一致していることが分かる。従ってスプラットの冷却過程はスプラットから基材への伝導伝熱が支配的であるという仮定は妥当であることが示された。

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3. 2. 4 スプラット冷却過程に影響を与えるプラズマジェットからの輻射伝熱

3.2.3で述べた一次元スプラット冷却モデルはスプラットから基材への伝導伝熱のみを考慮したものでスプラット表面の境界条件は断熱条件としたのでプラズマジェットからスプラットへの輻射伝熱を無視している。そこで、プラズマジェットからの輻射伝熱がスプラット冷却過程に影響を与えるか検討してみる。

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プラズマジェットのノズル出口面を面 A1、スプラットを含む基材表面を面 A2とする。面A1と面 A2は同軸で平行に置かれ、その距離を H とする。面 A1の温度Tgm は一様とし、その半径を R1とする。面 A2の半径を R2、その表面温度をT (r,!,t)とする。プラズマノズル出口面 A1上の微小面積dA1から放射エネルギーが面 A2上のある微小面積 dA2に到達したとする。両微小面積の幾何学的関係を図-3.10に示す。面 A1の輻射強度 IA1は次の式で表される。

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ここで! はボルツマン定数である。微小面積dA1からdA2に達するエネルギーd2Qは

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である。ここでd! はdA1内の一点からdA2をみる立体角であるから

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である。3.22式を3.21式に代入すれば

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が得られる。図-3.10に示されている幾何学的関係から

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が得られ、3.24式および3.25式を3.23式に代入すると

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が得られる。面 A1の全面からdA2に達する輻射エネルギーは15式を面 A1全面にわたって積分すれば得られる。dA1= r1d!dr1であるから、3.26式は

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となる。3.27式を積分すると

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が得られる。この式は面 A1から放射されて面 A2上の微小面積dA2に到達する輻射エネルギーである。dA2= r2d!dr2であるから3.28式をdA2で除したものは面 A2上の点 P r2( ,!)が受け取る輻射エネルギーである。一方、面 A2から放射されて失われるエネルギーは面 A2の温度をTsr2( ,!,t)とすれば!Ts4である。プラズマジェット出口に関してスプラットおよび基材面は軸対称であって角度! には依存しないから、スプラットの温度をTsr2( ,t)とし、プラズマ出口の輻射率を!g、スプラットおよび基材表面の輻射率と吸収率を等しいとして輻射率を!sとすればスプラットおよび基材表面上のr2の位置に輻射により流入する熱流束q r(2)は

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となる[17]。一次元モデルではr2= 0の場合のすなわちスプラットの中心温度のモデル化であるから、r2= 0を3.29式に代入すれば

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が得られる。3.30式の右辺の第1項はスプラットがプラズマジェットから吸収する熱量であり、第2項はスプラットが放出する熱量である。 プラズマジェットの温度は10,000~20,000Kであり、一方スプラットの温度はたかだか4,000KであるからTs4/Tgm4!1が成り立ち、3.30式の右辺第2項は無視できるので3.29式は

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と変形される。スプラット表面への熱収束q(0)を考慮すると、スプラット表面の境界条件は

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である。

3.30式に表-3.2の数値を代入して熱流束一定の境界条件を用いて計算すればスプラット冷却曲線が得られる。SiO2基材上の厚さ2!mのジルコニアスプラットが初期温度3,500℃から冷却を始めたとき、断熱条件で計算した曲線とプラズマジェットからの輻射伝熱による熱流束を一定とする境界条件で計算した結果を図-3.11に示す。グラフはスプラットがプラズマジェットからの熱輻射の影響を全く受けないことを示している。スプラット冷却ではスプラット・基材界面の熱伝達が支配的であることを示唆している。

表-3.2 輻射伝熱計算に必要なデータ

記号 数値 単位
プラズマガンノズル径 Rl 0.003 m
スプラットとガンの距離 H 0.1 m
プラズマジェットの温度 Tgm 20,000 K
ボルツマン定数 ! 5.669×10-8 W/(m2 K4)
プラズマジェットの放射率 ! 1.0
スプラットの放射率 ! 0.5

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3. 2. 5 スプラット冷却過程に影響を与えるプラズマジェットからの対流伝熱

プラズマジェット温度はノズル出口では10,000~20,000Kであり、ノズルから遠ざかるにつれてその温度は下がり、出口から100mmの距離ではおよそ2,000Kになる[18]。また、ジェットの速度はノズル出口では400 m/sほどであり、出口から離れるにつれ速度を減ずる。さらに、ノズル出口ではアルゴンガスを主体とする不活性ガスであるが、ノズル出口から遠ざかるに従い空気がジェットに混入し、100mmほど離れたところではジェットのガス成分の90%は空気である[19]。このジェットがスプラットおよび基材に与える熱的影響について考えてみる。

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直径 d0の円形ノズルから速度u0で流体が噴出しノズルから距離 H にある平面壁に垂直に衝突する流れの状態を図-3.12に示す。ノズル・壁面間の距離 H がある程度大きい場合には、壁面の影響を受けない自由噴流領域、壁面の影響を受ける壁面近傍のよどみ領域および壁面に沿って流れる壁面噴流領域に区分される。流体から壁面への熱伝達について以下のことが分かっている。以下の議論はノズルから噴流と同種の静止流体中にジェットを噴出させた場合についてのものである。よどみ点のヌセルト数 Nu0は

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と表される[20, 22]。3.33式中のPrはプランドル数で、ヌセルト数 Nu0およびレイノルズ数 Redはそれぞれ次式で定義される。

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ここでh は熱伝達係数、d0はノズルの直径、 k はガスの熱伝導率および! はガスの動粘性係数である。

二次元噴流、すなわちスリット幅bのノズルからの噴流では、壁面に沿った流れの壁面噴流領域の局所ヌセルト数はよどみ点から半径 r の位置の値およびよどみ点の値から次のように表すことが出来る[22]。

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円形ノズルの局所ヌセルト数 Nurd0は3.36式から類推して次のような式と仮定する。

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ここで、aは定数である。すると、r = d0の時 Nurd0= Nu0d0と仮定すればa は容易に求められ、局所ヌセルト数 Nurd0が次のように得られる。

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ノズルから噴出するガス種はプラズマ溶射であれば、通常アルゴンガスあるいはアルゴンガスに水素ガスまたはヘリウムガスを補助ガスとして添加する。水素ガスであれば1~10%、ヘリウムガスであれば5ないし20%ほどをアルゴンガスに混合してプラズマガスとして用いる。プラズマジェットはノズルから離れるに従いその組成の大半は空気となる[19]。このようにノズル出口と実際の熱交換が行われる基材表面とではガス種が異なるため粘性係数、密度、比熱および熱伝導係数等のガスの物理量の選定を単純化するために、ここではガス種として空気を用いることにする。3.33式および3.39式に表-3.3の値を代入してそれぞれヌッセルと数を求めた後、5.33式から熱伝達係数hを求めると

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が得られる。プラズマジェットからスプラットおよび基材への衝突噴流による、よどみ点を中心とする半径r の関数として熱伝達係数が求められた。

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熱伝達係数とスプラットの中心からの半径の関係をグラフ化して図-3.13に示す。プラズマジェットからスプラットおよび基材に作用する熱伝達係数はスプラットの中心からプラズマガンのノズルの半径まで一定でその後半径が大きくなるとともに減少していくことをグラフは示している。プラズマジェットからスプラットおよび基材への熱流束q(r)は

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と表される。ここで、Tg!はスプラットまたは基材から十分離れた場所の衝突噴流の温度でTp(r,t)はスプラットおよび基材表面の温度である。一次元スプラット冷却モデルではスプラット表面の中心の温度を扱っているため噴流からスプラットへの熱流束は

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となりスプラット表面の境界条件は

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である。3.44式の境界条件と断熱境界条件とを用いて差分法で解いた両者の計算結果を図-3.14に示す。どちらの境界条件でも全く同じ結果になることを図-3.14は示している。

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プラズマからスプラットへの熱輻射の影響が無視できたのと同様にプラズマジェット噴流からスプラットへの対流熱伝達も無視でき、スプラットの冷却は基材への伝導伝熱が支配的であることが明らかになった。プラズマ溶射されたスプラットの冷却現象はスプラットの表面の境界条件に関しては実質的に熱の出入りのない断熱条件を用いても良いことが判明した。また図-3.9に示す実験データと計算データとの比較的良い一致は一次元熱伝導モデルでもスプラットの冷却現象をかなり良く説明できる可能性を示唆している。

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3. 3 スプラット冷却の三次元モデル

スプラットの冷却現象に関して一次元熱伝導モデルで解析を行った結果、一次元モデルであってもかなり良く現象を説明できることが明らかになった。一次元モデルは半無限平板モデルであるのでスプラットの中心部分の挙動を明らかにするには十分である。

しかし、実際のスプラットは三次元構造を有しておりスプラット中心およびその周辺では冷却挙動が異なるはずである。従って、三次元熱伝導モデルを用いてスプラット全体の冷却挙動を解明することを試みた。一次元モデルではスプラット・基材間の界面は完全に接触しており気孔がその界面に全く存在しないものとして処理した。三次元モデルを適用するにあたり実際のスプラットの形状を取り入れるためにプラズマ溶射によりスプラット試料を作製し、そのスプラットを観察してスプラット形状のモデル化を試みた。

実験で得たスプラットの形状を数学的処理が可能な形状に置き換え、スプラットの三次元モデルを考案してスプラット冷却の計算を行った。このモデルにはスプラット・基材間に非接触の部分ないし空隙を織り込んだ。

3. 3. 1 スプラット採取実験

スプラットの形状を観察するためにPraxair社製のSG-100プラズマトーチを用いて、Mo, NiおよびAlの単一のスプラットを石英ガラス上に溶射してスプラットの表面および裏面を観察した。図-3.15に採取されたNi, AlおよびMoのスプラットの写真を示す。各スプラットは表面と裏面では外観に顕著な違いがあることが見て取れ、特にNiとAlのスプラット表面は比較的平滑であるが、裏面には筋状の窪みがスプラットの中心から少し離れた位置から放射状に外周に向かって伸びているのが観察される。Moスプラットの場合は他の2つのスプラットほど明瞭ではなくより細い筋状の窪みが見える。この実際のスプラットの形状を参考にしてスプラットの形状モデルを考案した。特に、スプラットと基材間のミクロな構造をどのようにモデルの中に織り込むか工夫した。

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3. 3. 2 スプラット・基材界面の微細構造のモデル化

プラズマ溶射スプラット採取実験により得たスプラットの形状から連想して単純化した三次元スプラットモデルを図-3.16に示す。スプラットの外形 Rpは厚さ Hpである。表面は平坦で裏面にはスプラットの中心から半径 R0の平坦な部分があり R0から放射状に外周まで伸びた溝が存在する。溝の広がり角度は! でその深さは h である。このスプラットの裏面が基材と接触するスプラット・基材系についてスプラットの冷却挙動を解析する。スプラットの裏面は溝の空隙部分を除いて基材と完全接触しているものとする。

他方、基材の半径および厚さをそれぞれ Rs、Hsとする。スプラット・基材系を模式的に図-3.17に示す。

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スプラットのモデル化にあたってスプラット裏面に放射状に伸びる溝が多数存在する構造を採用した。スプラットの裏面中心部にはほぼ同心円状の平坦な部分が存在する。

この2つの事実から数学的モデル化が可能な水準を考慮してスプラットの形状の単純化を行った。それは溝の数を18本に固定し、図-3.16に示す溝の広がり角度を変えてスプラットの基材との非接触面積を変化させることを意図した。これによりスプラット・基材間に空隙の微細構造を含んだスプラット・基材モデルを創ることができた。

このようなスプラット・基材界面の空隙微細構造はプラズマ溶射皮膜の密着性に強い影響を与える。あるいは、この微細構造は縦割れクラックの効果と共にガスタービンの断熱皮膜に対するヒートサイクルの熱負荷による応力を緩和する機能を持っている。また、皮膜の耐摩耗性および電気絶縁特性にも強い影響与える。界面の空隙微細構造はスプラット冷却後のスプラット内の残留熱応力の発生にも強く影響する。このようにこのスプラット・基材間の微細構造が溶射皮膜の特性を決定付けるといっても過言ではない。

スプラットと基材の界面に気孔が存在することは、多くの研究で明らかにされてきた[23-27]。しかし、スプラットと基材の界面に気孔を含む微細構造に関する詳細な研究は行われておらず、まして界面の微細構造を考慮したスプラット冷却現象の研究に関しては全く行われていない。多くの研究は皮膜の耐摩耗性界面の微細構造を考慮することなくスプラット・基材間の欠陥を平均化してスプラット・基材間に存在する熱抵抗として取り扱ってきた[28]。M. Amara等はスプラット・基材界面にアトランダムに気孔が点在するモデルについて、スプラットの冷却挙動の計算を行っている。この方法と平均化された熱抵抗モデルとではスプラット内部の温度分布に関しては大きな差異は生じないものと思われる。実際のスプラット・基材の界面に存在する気孔は偏在しており、スプラット内の温度勾配はスプラット内部の位置によって大きく異なるものと予測されるためAmaraのモデルでは現実のスプラットへの適用には無理がある。この研究はスプラット・基材間で新たに考案した微細構造がスプラットの冷却挙動およびスプラット内の温度分布に与える影響を解明しようとするものである。

3. 3. 3 三次元スプラット冷却モデル

図-3.17に示すスプラット・基材系でスプラットおよび基材の温度をT としたとき、熱伝導率 k が温度に依存しなければ系の熱伝導方程式は円筒座標系で次のように書くことが出来る[29]。

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ここで !、c、 Lmおよび fLは物質の密度、熱容量、スプラット材の溶融潜熱およびスプラットの融点に近い温度の液相領域をそれぞれ表している。3.45式の右辺の最終項は融点近傍の液相を熱容量に潜熱を加えたものをトータルの熱容量として持った単一相(固相あるいは液相)として扱うために導入されたものである[14, 30, 31]。この考え方では溶融潜熱の取り扱いが液相と固相の2相に分離せず単一相として扱えるので数値計算が容易になる。3.45式の数値計算にあたって融点をTmとしたとき潜熱 LmをTm+9とTm!1の間の10℃に割り当てて計算を行った。

図-3.16および図-3.17に示す空気で満たされた溝を含むスプラット・基材系の計算領域のディメンションを表!3.4に示す。計算に用いた系の初期条件および物資の熱的性質を表!3.5に示す[32]。境界条件についてはスプラットおよび基材の表面は断熱条件、溝の中の空気と接触する面は伝導伝熱とした。溝の空気に関しては対流伝熱および放射伝熱を無視した。基材の底面および側面は等温条件で計算した。境界条件はやや複雑なので全体像が把握しやすいように図-3.18に示す。初期条件は表-3.5に示すように1種類のみであるが、スプラット・基材系の構造に関しては溝幅広がり角度! を0, 5, 7, 10°と4種類に変化させた。溝の角度が0, 5, 7, 10°のとき、スプラットと基材の接触面積の4種類の比率はそれぞれ100、90.4、71.2および52.0%である。接触比率CRの算出には

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を用いた。このスプラット・基材間の接触面積比率がスプラット冷却過程およびスプラット内温度分布にどのような影響を与えるかに注目した。

数値計算ソフトウェアは有限体積法を解析スキームとするFluent 6.3を用いた。スプラット・基材系は軸対象であるから図-3.18に示すようなスプラットの中心を通って放射状に18分割した一片について計算を行った。

表-3.4 スプラット・基材系のディメンション

半径 厚さ 溝深さ 開口角 ピッチ角 溝長さ
スプラット Rp Hp h φ φ Rp – R0
[μm] [μm] [μm] degree degree [μm]
50 2 0.2 0.5, 7, 10 20 40
基材 RS HS
[μm] [μm]
500 100

表-3.5 初期条件と物質の物理的性質[32]

物質 T0 k c p Tm Lm
w/(m”K) J/(kg”K) kg/m3 J/kg
スプラット Mo 固相 84 339 9,340
液相 3,500 84 570 9,340 2,630 2.9″105
基材 Fe 固相 100 29.7 791 7,015 2.47″105
空気 気相 3,500 0.0242 1006.4 1.225

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3. 3. 4 シミュレーション結果

スプラットおよび基材の断面の温度分布が時間とともに変化していく様子を図-3.19に示す。スプラット中心部ではスプラットと基材が接触しておりその外周部は基材の上に溝があり、さらに溝の上にスプラットが載っている状態である。スプラットと基材が100%接触している系ではスプラットおよび基材の温度はラジアル方向にほぼ均一に時間とともに下がっていくことを図-3.19(a)は示している。スプラットは冷却開始から10 -6 sまではラジアル方向にほぼ均一な温度分布を保っているが、10 -5 sのときは中央部より外周端部近傍の温度が低くなっている。他方、接触面積が100%を下回る3種類の系ではスプラットと基材が接触している中央の部分からスプラットの温度が下がって行き、スプラットのラジアル方向の温度分布が大きく変化していることが分かる。特に接触面積比 が小さい系ほどその傾向が顕著である。接触面積比90.4%の場合のスプラット温度は冷却開始から10 -7 s経過するまではスプラット中心部から温度が低くなり、10 -6 sでは半径軸方向にほぼ均一な温度分布となり、10 -5 sでは逆にスプラット周辺部の温度の方が低くなっている。接触面積比71.2%および52.0%の場合のスプラットの温度分布は中心部から急激に温度が下がり、10 -6 sまでは周辺部の温度の方がかなり高いが、10 -5 sでは周辺部の温度の方が低くなる。スプラット・基材界面の溝の面積がスプラットの温度分布に強く影響していることが示されている。

スプラット・基材間の接触面積が異なる4種類のスプラット表面の時間とともに変化する温度分布を図-3.20に示す。100%コンタクトのスプラットは時間の経過とともにほぼ一様に表面温度が下がり、周辺部が中心部より速く冷却されることを図-3.20(a)は示している。接触面積90.4%のスプラットは10 -7 s経過した段階では溝の上のスプラット温度は基材に接触している部分の温度に比べて高いことが示されている。溝の中の空気の熱伝導が小さいことの影響が見てとれる。10 -6 s以降の表面温度分布は100%接触のスプラットと同様な温度分布を示している。71.2%および52.0%の接触面積を持つスプラットの温度分布を見ると10 -7 s経過した所では溝の上の部分と接触部分とでは1,000℃ほどの温度差がある。その後、中心部から均一な温度分布になり、10 -5 sではスプラット外周のわずかな部分に溝の影響が残るのが見られる。スプラットと基材の非接触部がスプラットの温度分布に強い影響を与えることが明らかとなった。

接触面積が100、90.4、71.2および52.0%の各スプラットの全表面の平均温度が時間経過とともに変化する様子を図-3.21に示す。スプラットの平均表面温度Tavの定義は

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である。ここで、T およびS はそれぞれスプラット表面の温度および表面積である。100%コンタクトと90.4%コンタクトのスプラット平均表面温度は全く等しい。71.2および52.0%接触面積のスプラットの平均表面温度の低下速度は全面接触のスプラットの平均表面温度の低下速度より遅い。特に52.0%接触の場合のスプラットの溝面積が最も広く熱抵抗が高いため冷却速度は最も遅い。

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接触率52.0%の場合のスプラットの中心と外周の基材に接触している部分および溝の上のスプラットの表面温度が時間の経過とともに下がっていく様子を図-3.22に示す。スプラット中心とスプラット外周で基材に直接接触している位置の温度は2×10 -6 sのあたりまではほぼ等しい速度で下がって行くが、その後、周辺部の方が速く冷却されることを図-3.22は示している。スプラット周辺の溝の上のスプラットの温度の低下速度は中心部より4×10 6 sまではかなり遅いが、それ以後は中心部より速くなり周辺部の基材に直接コンタクトしている部分とほぼ等しい温度になる。驚くべきことは1×10 -6 sのあたりでは溝の上のスプラットの温度はほぼ融点近傍の2,600℃を示し、基材に直接接触しているスプラットの部分は1,500℃を示し、わずか数ミクロンしか離れていない位置で1,000℃にも達する温度差が生じている。溝すなわち気孔の上のスプラットと基材と直接接触しているスプラット部分との互いに近い位置では、いずれにしても大きな熱応力が生じているものと思われる。冷却開始から4×10 -6 s辺りまでスプラットの溝の冷却速度に対する影響が大きいことと、傾きの大きな温度勾配が生じ熱応力を発生させていることをグラフは示している。

100%基材に接触しているスプラットの中心温度と周辺の温度の時間に対する冷却特性を図!3.23に示す。100%接触スプラットでは図!3.22に示す52.0%しか接触していないスプラットと比べて、中心部と周辺部との温度差が非常に少ないことが示されており、周辺部の方が中心部より温度降下速度がやや速いことをグラフは示している。

スプラットの直径が100~200!mほどで表面の面積が小さく、且つ冷却速度が速いためマイクロ秒の短時間プロセスであることを考慮すると現在の測定技術ではスプラットの表面温度分布の測定は出来ない。従って計算結果の検証は今のところ不可能である。しかし、表面全体の平均温度に関する2色パイロメーターによる測定報告は多数あるので、その報告との比較を行うことで本研究の仮定および計算の妥当性を検証することは可能である。Fe基材上のMoスプラットの冷却速度の測定実験に関する報告は発見できなかった。ガラス上およびインコネル上のMoスプラットの冷却挙動に関するA. McDonaldの報告ではMoの融点近傍の温度領域での冷却速度は3.4×10 -7~2.2×10 -8 K/sである。本研究のモデルでは図!3.24に示すグラフから冷却速度の値は100%接触スプラットで43×10 -8 K/s、52.0%接触比のスプラットで35×10 -8 K/sである。これらの計算結果はA. McDonaldの研究結果と比較すると1桁ほど大きな値となる。まだ性急にこの差の原因を究明すべきではないだろう。測定精度の向上を期待することとスプラット・基材界面の構造をさらに明らかにする研究を進めることとその構造を織り込んだモデルを深化させることが必要である。

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参考文献

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第4章 溶射皮膜の気孔発生機構

4. 1 緒 言

プラズマ溶射皮膜は金属、セラッミクあるいはサーメットの溶融あるいは半溶融状態の微小粒子が基材に高速で衝突して球形から薄い円板状に扁平化されたスプラットが重なり合った多層構造を有している。図-4.1にTiO 2 スプラットが層状に積層して形成されている皮膜の断面組織の例を示す。溶射皮膜中の基材とスプラットとの界面あるいはスプラット間の界面に隙間あるいは互いに接触あるいは結合していない領域が存在する[1-6]。このようなスプラット間の界面の非接触部分の生成機構は未だ十分には解明されていない。この気孔は溶射皮膜の特性に強く影響を与えるので気孔生成のメカニズムを明らかにすることが望まれている。そこで、気孔生成メカニズムを明らかにするための1つの定量的な解析的モデルを提案しその解を求める。

スプラット間の隙間あるいはギャップとは異なった種類の縦割れ気孔がセラミック溶射皮膜には存在する[5、6]。この気孔は金属溶射皮膜には存在せずセラミック皮膜にのみ存在し、先にのべた気孔とは異なったメカニズムで生じる。基材あるいは既に形成された皮膜上に新たに溶融粒子が衝突して形成過程にあるスプラットは液相状態にあるが、溶融スプラットは基材に熱を奪われて急速に凝固し、基材の温度と等しくなるまで冷却される。スプラットは扁平過程が完了しておよそ10~50!sの間に基材温度(100~200℃)にまで冷却される。しかしスプラットは凝固して固相に変化すると直ちに基材に拘束されるため冷却するに従って収縮することが出来ず、スプラット内に強い応力が発生する。

この応力を緩和するためにスプラット内に縦割れのクラックが生じる。これはセラミックのスプラットは機械強度が低く、しかも伸びを生じて応力を緩和することができず自ら破壊することにより応力を緩和するためである。この応力を緩和することが出来ない場合には皮膜自身が基材から剥離する。一方、金属溶射皮膜はスプラット冷却時の応力を塑性変形することによって緩和するが、高温でも塑性変形しにくい金属材料の皮膜は残留した応力に耐えられずに皮膜が剥離することもある。金属材料の溶射皮膜残留応力はその金属材料の機械特性に依存する、特に高温時の機械特性が被膜内部応力に強く影響を与える。例えば、溶射皮膜の応力に関しては黒田等の研究がある[7]。

溶射皮膜内の気孔あるいは欠陥は溶射皮膜に特有なものであり、これらを減ずることはできても皆無にすることは不可能である。スプラット間に発生する隙間あるいはギャップは水平デラミネーションあるいは界面気孔と呼び、スプラット内に生ずるクラックは縦割れクラックあるいはスプラット内クラックと呼んでいる。これらの気孔は溶射皮膜特有の形成機構から生じる特有な構造であり皮膜の特性を特徴付けている。一般的な工業的用途では、これらの気孔は皮膜の機械的強度例えば靭性、ヤング率等を減じ、多くの場合あまり望ましくない結果を招く[2]。一方、発電用ガスタービンあるいはジェットエンジンに用いられるサーマルバリヤコーティングに関してはこれらの気孔が熱伝導率を低くし、また、皮膜の熱応力の緩和に重要な役割を担っている[8]。

これまで述べたように縦割れクラックでは衝突粒子の扁平過程が終了した後スプラットが凝固して初めてクラックが発生するため、縦割れクラックは粒子の扁平過程に直接付随するプロセスではない。縦割れクラックの例を図-4.2に示す。図-4.2(a)はTiO 2 の溶射皮膜の最上層を撮影した写真を示しており、TiO 2 のスプラットにクラックが生じているのが観察される。一方、図-4.2(b)は平滑なSUS-304基材表面にプラズマ溶射されたZrO 2の単一スプラットを示している。スプラット全面に微小なクラックが多数発生しているのが見える。ZrO 2 はセラミックとしては熱膨張率が大きいことと、融点が約2,700℃と高くその融点から基材温度まで収縮する際に発生する応力が大きいため多数のクラックが生じる。

一方、研究の主題であるスプラット間に生じる気孔の主な発生原因は次のように考えられる。

a) 粒子の扁平過程中に雰囲気ガスがスプラットと基材あるいは皮膜の界面に取り込まれることにより気孔を形成する。
b) 粒子内に溶解された気体が扁平過程中の温度降下により放出されて気孔を形成する。
c) 粒子の扁平過程中に基材が熱せられて基材に吸着あるいは吸蔵されていたガスが放出されて気孔を形成する。

皮膜・皮膜間の気孔発生機構のモデル化にあたって、前述したように幾つかの気孔を生成する原因あるいは複合的な生成機構が考えられるが、主要な要因はa)の溶融粒子が扁平過程中に基材・スプラット間から雰囲気ガスを排除しきれずに界面に気体を取り込むことによるものと仮定する。スプラットの扁平速度が速いため雰囲気ガスを基材・スプラット間から排除できないためスプラット・基材界面に気体を残留させることになる。

また、基材表面は粗面化されているため粗面の窪みの中の気体が排除されにくいため特に気孔率に大きく影響するものと思われる。

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4. 2 気孔率の定義気孔率の定義

プラズマ溶射皮膜は図-4.3に示すようにスプラットが層状に重なり合って形成されている。スプラット・基材間あるいはスプラット・スプラット間の界面には皮膜の拡大図の図-4-3(b)に示すように界面気孔と呼ばれる隙間あるいは非接触領域が存在する。ある皮膜体積の中の気孔の体積をVg、皮膜の固体部分の体積をVsとした時気孔率fpを次のように定義する。

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気孔はスプラットと基材あるいはスプラット間のみに存在するものと仮定する。すなわちスプラットはそれ自身の内に空洞あるいは割れ等が存在しない一様な連続体とする。

気孔の体積Vgは図-4.3(b)に示すようにスプラット表面に接する微小面積をds とし、その面に垂直に伸びたベクトルの長さがその微小面積に等しいとする。そのベクトルをds とし、基材に垂直で上のスプラットの表面までの高さをベクトルz で表せば、ds を垂直に天井のスプラットまで伸ばした微少体積dV はベクトルz とds の内積で表すことができる。皮膜全体の気孔の体積Vgは

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で表すことができる。面積分ははスプラットの界面全体における面積で行い、4.2式の積分の前の1/2の数値は皮膜中の全てのスプラット界面全体にわたって面積分すると2重に計算されるために加えられる。

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4. 3 気孔形成モデル

表面に窪みが存在する基材または皮膜の断面を模式的に図-4.4に示す。その表面に溶融したディスクが速度v で垂直に衝突するものとする。溶融ディスクは基材表面に平行に広がるとともに窪みの中に侵入していくであろう。窪みの中には雰囲気ガスが満たされているとすれば、窪みの中の気体は溶融流体に圧縮されていく。この時気体は溶融流体と基材の界面を通って漏れないものとし、溶融ディスクの衝突速度は100~200 m/sとし、窪みの深さを数!mとすれば溶融流体は10 -7~10 -8 s程度の極めて短い時間で窪みの底部に到達する。従って窪みの中の気体の圧縮は断熱過程と見なせるからポリトロープ過程と仮定できる[9]。ポリトロープ過程はある正の定数をk1として

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で表される。ここで、P 、V およびn はそれぞれ気体の圧力、体積およびポリトロール指数である。ポリトロープ指数は可逆断熱変化の場合n = cp/ cvであり、常にn > 1である。cp、cvはそれぞれ気体の定圧比熱および定容比熱である。

窪みの体積V 0が溶融流体によってVgまで圧縮されたものとすれば、流体が圧縮に要した仕事は圧縮前には速度v であったV0 ! Vgの体積の溶融流体が圧縮後に速度がゼロになったのであるから、溶融流体の密度を! として

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が成り立つ。左辺は圧力P の気体を体積V 0からVgまで圧縮するために要する仕事である。

右辺は体積V0 ! Vgの溶融流体が保有していた運動エネルギーである。係数k 2は圧縮に要したエネルギーの他に、圧縮中の気体の系外へのリーク、あるいは粘性および表面張力等によるエネルギーの消費等を考慮したものである。特に気体のリークを考慮した場合k 2 < 1 である。すなわち、より小さな運動エネルギーで窪みの中の気体の圧縮が進むことを示している。4.3式を4.4式に代入して計算すると

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が得られる。ここで、P0は窪みの中の気体の初期圧力である。窪みの中の気体が十分圧縮されてVgV0 !1、かつ、n ! 1.5 であれば3.5式は次式に置き換えることが出来る。すなわち窪みの中の気体が十分圧縮されかつポリトロープ指数が大きければ次式が成り立つ。

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4.6式を変形してVgを求めると

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が得られる。

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溶融ディスクが体積V0の窪みをVgまで圧縮したとき、基材あるいは皮膜(以後基材で代表する)にディスクの熱が奪われて瞬時に凝固し、その状態のまま固定されると仮定する。ディスクが凝固した後に窪み内の気体はディスクと基材との界面にできた隙間を通して外部に漏れて行くものと考える。実際の粒子の扁平過程はより複雑で、溶融粒子の凝固以前にも圧縮された気体は粒子と基材の界面で溶融粒子を押し上げて外部へ漏出していくものと思われる。溶融粒子と基材の濡れあるいは溶融粒子の蒸気圧等考慮しなければならない因子を含めて様々な要因を考慮しなければならないが、ここでは第一近似として粒子の持つ運動エネルギーのみに注目する。この簡単な仮定から窪みを有する基材に速度v で衝突した密度! の溶融ディスクが窪みの体積V0をVgまで圧縮する解析的モデルを得ることが出来た。

このモデルを用いてプラズマ溶射中の1個の溶融粒子が基材あるいは形成中の皮膜上に衝突して扁平過程で気孔を形成するプロセスについて考える。

4. 4 単一溶融粒子による気孔の形成

基材あるいは積層された皮膜の表面が図-4.5に示すような粗面であるとする。粗面に直径d 0の溶融粒子が速度v 0で衝突したとすると2章4節で記述したように粒子は基材表面に平行に円板状に広がりスプラットを形成する。その扁平過程を図-4.5に示す。直径d 0の溶融粒子が速度v 0で基材に衝突した後、第2章で記述したように基材上で扁平が進む。

その間に基材粗面の窪みの中の気体は扁平する粒子の運動によって圧縮され、気体の体積は減少して行く。プラズマ溶射加工では基材の粗面化には一般にサンドブラスト処理が利用される。従って基材上の粗面はミクロの目で見れば不特定な形状と体積を持った窪みの集合体である。しかしある程度以上の面積でその粗面を見れば窪みの体積は一定と見なすことが出来る。なぜなら粗面の山谷の高さはせいぜい数μmのオーダーでありその周期性もほぼ一様である。例えば、10!m×10!m程度の面積を無作為にブラスト面から抽出して他の抽出面と比べたとき粗さは他の面と一致するであろう。一方、プラズマ溶射粒子の直径は通常50!m程度であり、扁平過程が終了したときのスプラットの直径は200~300!m程度でスプラットと基材の接触面積はブラスト粗面の局所的不規則性は無視できるほどに大きいものと考えられる。すなわち、扁平現象を考慮したときある一定面積以上に存在する窪みの体積は基材表面のどの部分と比べてもほぼ一定値を取るものと思われ、その面積はスプラットの面積に比べて無視できるほど小さいと考えられる。

このような粗面の単位面積あたりの窪みの体積をV0と仮定する。スプラットが基材の窪み内の気体を圧縮する速度をv R ( ) とすれば、スプラット・基材界面の気孔の体積は4.7式をスプラットと基材間全域にわたって積分すれば得られる。4.7式をスプラットの中心R = 0 からスプラットの外縁R = Rmまで積分すると

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が得られる。

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衝突粒子の扁平過程の運動を考慮して、図-4.5に示すように基材と衝突粒子の扁平過程にある粒子との流動界面を次のようにD1、D2およびD3の3つの領域に分割する。それぞれの領域は次のように表される。

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Rmはスプラットの扁平運動の最終半径を表し! は1に近い定数である。! を導入する理由はスプラットの拡大がスプラット最大径のRmに達すると4.8式は発散するのでRm近傍での計算を避けるためである。スプラットが拡張するための運動エネルギーがゼロに近づいたときの挙動を知るために、4.5式を次のように変形する。

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この式にv = 0 を代入するとVg = V0が得られる。これは窪みの内に溶融流体が侵入する速度がゼロであれば窪みの中の気体は圧縮されないことを示している。

半径R 0、密度! の球状の溶融粒子が基材に垂直に速度v 0で衝突した後、2章で記述したように粒子は扁平運動して最終的には半径R mの円板になるものとする。基材上の微小面積ds に存在する窪みの体積を単位面積まで積算した体積をV 0とする。3.7式の速度v R ( )は領域D 1、D 2およびD 3においてそれぞれ次式で示されるものと仮定する。

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ここでk3はスプラットの半径の拡大速度が窪み内の気体の漏れに与える影響を考慮したものである。領域D2における速度v R ( ) は

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であるから、第2章の2.43式を時間で微分した後、指数の項が式の中に表れないように式を変形することにより

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が得られる。全ての領域の速度が得られたのでそれぞれの速度を4.8式に代入すると

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が成り立ち、この式を解くことによりスプラット・基材間の気孔の全体積が求められる。

4.14式でn = 1.5 およびn = 2.0 の場合の計算を行う。n = 1.5 は空気の可逆断熱圧縮の場合のn = 1.4 に近い値である。n が大きいことは粗面の窪みの中の気体がより圧縮されにくい状況を示すものである。

n = 1.5 の場合について4.14式を解く。まず、4.14式の右辺第3項はスプラットの周辺部のわずかな部分の気孔であるから無視できるものとして、4.11および4.13式を4.14式に代入して積分すると

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が求められる。ここで、R 02 R m2 !1であることを考慮して計算を進めると4.15式は次のように近似できる。

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4.16式をR m2 でくくり、R 02 R m2 !1であることを考慮して式を整理すると

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が得られる。2章の2.53式からDm = 2Rmであることを考慮すると

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が導かれる。4.18式を4.17式に代入すると

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が導かれる。ここにn = 1.5 の場合の基材・スプラット間の気孔の体積が求められた。この式には粒子の直径、衝突速度、流体の密度および粘度が含まれており、4.19式は溶融粒子の扁平現象に必要なすべての因子を含む関数となっている。式はさらに初期の気体圧力および窪みの体積の関数にもなっている。

同様にn = 2.0 の場合についてもスプラット・基材間の気孔の体積Vgを求めてみる。

n = 1.5 の場合と同様に4.14式に4.11および4.13式を代入した後n = 2 を代入すると

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が得られる。4.20式右辺の第3項を無視できるものとして計算を進めると、

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が得られる。計算を進めると4.21式は

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と書くことが出来る。R02 Rm2 !1を考慮すると4.22式は

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と簡略化される。4.23式の右辺をRm2 でくくりR02 Rm2 !1を考慮すると

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が導かれ、4.18式を4.24式に代入すると

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が求められ、n = 2.0 の場合の基材・スプラット間の気孔の体積Vgが得られた。

スプラット・基材間の気孔の体積についてn = 1.5 およびn = 2.0 の場合について改めて次に示す。

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両式はスプラットと基材の間に存在する気孔の体積を示しているが、気孔率の指標としては4.1式に定義したように

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である。VgVS !1 であれば4.28式は

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となる。スプラットの体積! hRm2 は衝突時の粒子の体積に等しいから

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で表される。従って、n = 1.5 およびn = 2.0 の場合の気孔率はそれぞれ次の式で表される。

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4.31式および3.32式は気孔率fpが衝突速度v 0に大きく依存し、速度の増加とともに気孔率が急速に減少することを示している。粒子密度! および粘性μ は気孔率にそれほど影響を与えない。粒子直径d 0の増加も同様に気孔率に与える影響は少ない。初期の基材の窪みの体積V 0が大きければ気孔率は高くなり、同様に雰囲気気体の初期圧力P 0が高ければ気孔率は高くなることを4.31および4.32式は示している。

次にスプラットの半径方向の気孔の分布について考えてみる。スプラット中心から半径R までの気孔の体積をVgRとするとVgRは

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で表される。一方、R = 0 からR = ! Rmまでの気孔の体積Vg! Rは同様に次の式で表される。

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VgRVg! Rmはスプラットの中心から半径までのスプラット・基材間に存在する気孔の体積とR = 0 からR = ! Rmの間に存在する気孔の体積の比率を表す。n = 1.5 およびn = 2.0 の場合についてVgRVg! Rmを求めるとそれぞれ次の式が得られる。

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溶融粒子が基材に衝突した後扁平しスプラットを形成する過程で生じるスプラット・基材間の気孔率およびその半径方向累積分布を明らかにすることが出来た。これらは比較的簡潔な仮定から導くことができ、基材への溶融粒子の衝突速度、雰囲気気体の圧力、粒子径、密度および粘性の関数として表すことが出来た。

4. 5 モデルの検証

前節で高速で基材に衝突した溶融粒子の扁平過程における気孔の形成に関する理論式が得られたが、この式では気孔率あるいは気孔の累積半径方向分布の絶対値を求めることはできない。絶対値を得るには実験データから係数k1、k2およびk3の値を求める必要がある。しかし、前節で得られた理論式を用いて相対的な値の比較をすることは可能である。! = 0.9 および! = 0.95 の場合について各要因について導かれた式を用いて幾つかの要因が気孔率に及ぼす影響について考えてみる。

4. 5. 1 気孔率に与える衝突粒子パラメータの影響

4.31および4.32式で気孔率の値を直接求めることは困難であるが、それぞれの衝突粒子の気孔率に影響を与える要因ごとに相対的な値を求めることは容易である。例えば、基材への粒子衝突速度が100 m/sの場合の気孔率を1としたとき気孔率に与える速度の影響を理論式から調べてみる。fpv0を粒子衝突速度がv0のときの気孔率としfp100を衝突速度が100 m/sのときの気孔率とすれば相対的な気孔率fpv0fp100はn = 1.5 およびn = 2.0 の場合にそれぞれ4.31式および4.32式から次のように導かれる。

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これらの式を用いて粒子衝突速度が気孔率に与える影響をポリトロープ指数がn = 1.5 およびn = 2.0 の場合について図-4.6に示す。このグラフはそれぞれのn の値について衝突速度が100 m/sのときの気孔率を1とした場合の気孔率と衝突速度の関係を示し、粒子衝突速度の増加とともに気孔率が急激に減少することを示している。図-4.6はn = 1.5 の場合の方がn = 2.0 の場合よりも気孔率に与える速度の影響が大きいことを示している。川喜多等の研究は粒子の基材への衝突速度は第一義的に皮膜の気孔率に影響を与えると報告している[10]。川喜多等による気孔率に与える速度の影響を示すグラフを図-4.7に示す。

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同様に粒子密度が気孔率に与える影響を図-4.8に示す。粒子密度が8 g/cm 3 のときの気孔率を1として密度が気孔率に与える影響をn がそれぞれ1.5および2の場合について図-4.8に示す。グラフは粒子密度の増加とともに気孔率が減少することを示している。これは粒子密度の増加は粒子質量の増加を示し、ひいては粒子の運動エネルギーの増加を意味するからである。n = 1.5 の場合の方がn = 2.0 の場合より粒子密度が気孔率に強く影響を与えていることを図-4.8は示している。

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気孔率に与える雰囲気圧力の影響をn = 1.5 およびn = 2.0 の場合について図-4.9に示す。

n = 1.5 およびn = 2.0 の場合ともに雰囲気圧力の増加とともに気孔率は増加している。初期の気体の圧力が高いということは次のことを意味している。すなわち粗面の窪みに存在する気体の圧力が高ければ溶融流体の窪みへの侵入に対する抵抗が大きいので窪みの気体は圧縮されにくい。

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溶融粒子の粘度が1cPのときの気孔率を1とした場合に基材・スプラット間の相対気孔率に与える粒子粘度の影響をn = 1.5 およびn = 2.0 の場合について図-4.10に示す。n = 1.5およびn = 2.0 の場合ともに気孔率は等しく、気孔率は粘度に関してはポリトロープ指数には影響されない。グラフは気孔率が粘度の増加とともに緩やかに減少することを示している。粘度が低いことは流体の流れ易さを意味し、低粘性流体は粗面の窪みの内部へ流体を容易に侵入させるので気孔率を減少させる。

スプラットの中心から半径方向にスプラット・基材間の気孔が分布している様子を4.35および4.36式を用いて図-4.11および4.12に示す。n = 1.5 およびn = 2.0 場合ともに気孔の大部分はスプラットの外縁部に存在していることをグラフは示している。これは溶融流体の流動速度がスプラット外周部では大きく減速するためである。ポリトロープ指数に強く影響を受けている。気孔はn = 1.5 の場合の方がn = 2.0 の場合よりもスプラットの外周部により多く累積している。

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粒子衝突速度、粒子密度、溶融流体の粘性および雰囲気圧力の気孔率に与える影響を見てきたが、衝突速度がきわめて大きな影響を与えることが判明した。粒子密度と雰囲気圧力の影響は衝突速度に比べて2桁ほど小さいことが分かる。実際のプラズマ溶射加工プロセスでは粒子速度を上げるようにコーティングパラメーターをコントロールすることが皮膜の品質向上とくに緻密な被膜の積層のために必須である。

実験による本研究の気孔形成モデルの妥当性の検証は気孔率の現在の測定法および測定精度の問題ならびに粒子速度、粒径、粘性等の溶射加工条件のパラメータの測定精度を考えたとき現時点ではかなり困難である。しかし、一部の実験ではあるが、川喜多等の実験結果は本モデルの妥当性が高いことを示している。しかもモデルの示すところは実際の加工現場での経験則を良く説明できているように思われる。

気孔はプラズマ溶射皮膜の密度、機械的強度、密着性、耐摩耗性、硬度および電気抵抗等の皮膜特性に大きな影響を与えるので、その発生機構を理解することは溶射皮膜の適正な工業的利用のために必要である。皮膜・基材間あるいは皮膜内のスプラット間に気孔が存在するということは基材と皮膜またはスプラットとスプラットが互いに接触していない部分があるということであるから、皮膜と基材の結合力あるいは皮膜自身の強度に大きな影響を与えることを意味している。これまでいかに皮膜の気孔率を制御するかということがプラズマ溶射技術の大きな目標であった。この目標を達成するための気孔形成のメカニズムの解明が待たれていたが、本研究で気孔率に最も影響を与える要因は溶融粒子の衝突速度であることを明らかにした。他の要因、例えば、雰囲気気体の圧力、粒子密度、粒子径および溶融流体の粘度が粒子扁平過程で気孔形成に与える機構に付いても明らかにした。

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第5章 プラズマ溶射皮膜の密着機構

5. 1 緒 言

プラズマ溶射技術を工業的に利用する場合、溶射皮膜が使用中に剥離してしまうこと があれば溶射技術そのものが実用に耐えない技術との烙印を押されかねない。しかし、 実際には皮膜の密着性に関しては重要な特性でありながら、今のところ経験的に積み重 ねられた知識を用いて、現場で対処している状況である。残念ながら溶射皮膜と基材と の間の結合のメカニズムに関して十分明快に説明できる理論は未だ存在しない。しかも 皮膜の密着強度は溶射技術にとって最も重要な特性の1つであるが、これまで皮膜の密 着機構に関する研究も少ない。プラズマ溶射皮膜・基材間の密着機構に関しては解明す べき多くの課題が残されている。

溶射皮膜の密着力は何に起因するのか様々議論のあるところであり、定説は未だ定ま っていないが、ブラスト処理した基材粗面がその密着性に大きな影響を与えていること は広く認められている[1]。しかし、ブラスト面の構造の何が、あるいは、粗さの指標 がどのくらい密着性に作用しているのかということに関してはほとんど知られていない。

またブラスト面を密着性との関係においてどのように関連づけたらよいのか、あるいは どのような表面粗さ指標と関連付ければよいのか未解明のままである。溶射皮膜の密着 に関するブラスト面の評価は溶射の工業的および学術的側面からも非常に重要な課題で ありながら研究が広く行われてこなかった分野である。これまでのわずかな研究の中で 次に述べる研究者たちが皮膜の密着とブラスト面に関する研究について報告している。 天田等はブラスト面をフラクタル次元として捉え、密着力との関係を求めようとしてい る[2-4]。同様にSiegmann等はフラクタル次元と密着力の関係を報告している[5-7]。丸 山等は粗面の谷から山へのスロープの角度が密着力に影響を与えると報告している[8]。 しかし、それらの研究は溶射皮膜に対するブラスト面の密着機構に関する物理的なメカ ニズムの明快な説明には至ってはいない。

そこで、本研究では溶射皮膜の密着機構を明らかにするため、溶射皮膜の密着力は皮 膜と基材間の機械的摩擦力に起因するとの仮説に基づいて、ブラスト面について定式化 するため1つのパラメーターを考案した。そのパラメーターと溶射皮膜の密着力の実験 値を比較した結果非常に強い相関が得られた。従って、皮膜・基材間の摩擦力が溶射皮 膜の密着機構に大きく作用しているものと思われる。さらに、基材・皮膜間の密着力に 与える濡れの影響についても研究を行った。

5. 2 従来の皮膜密着機構

溶射皮膜の密着機構に関する論文の多くは密着力とある基材表面粗さ指標との関係を 論ずるのみで密着力が何処から生じるのか、あるいは、なぜ生じるのか述べていない [2-8]。同様に溶射皮膜の密着機構に関して深く掘り下げて解説された書籍はなく、重 要な特性でありながら全て簡略に扱っている[1,9-12]。現在のところ密着機構を説明 する最大公約数として次の3つのメカニズムが挙げられる。

(1)投錨効果(アンカー効果)
(2)基材と皮膜間の金属結合あるいは化学的結合
(3)基材と皮膜間の物理的結合(ファンデルワールス結合)

(1)の投錨効果は図-5.1(a)に示すように皮膜が基材粗面に機械的な噛み付きによっ て結合する機構である。アンカー効果による密着メカニズムは感覚的には理解できるが、 その場合密着力が何に起因するかについての説明がない。また、噛み付きの良い粗面と はどのような構造なのか説明する明快な理論もない。(2)の基材・皮膜間の化学結合あ るいは金属結合に起因するとする説は図-5.1(b)に示すように基材・皮膜間に金属結合あ るいは何らかの化学的結合が界面に部分的に生じることによって密着力が発生するとい うものである。皮膜・基材間に金属結合あるいは化学結合が生じる機構は高温の溶融粒 子が基材を溶融することにより、あるいは、溶融粒子の表面から基材表面に向かっての 拡散によって生じると考えられているが、それらの機構と密着力との関係は定量的に説 明されてはいない。(3)は皮膜・基材界面にVan der Waals力が生じて皮膜が基材に密着 するという説である。(2)と(3)の説はブラスト処理による粗面化の必要性を否定し ている。恐らく、上に述べられた機構の幾つかがある割合で皮膜密着力に影響している のであろう。これらの溶射皮膜の密着力発生機構の説はすべて定性的で曖昧である。

化学的あるいは物理的な結合が皮膜・基材界面に生じているとされているが、実際の 溶射の工業的な利用の場においては、皮膜の密着性を確保するため通常ブラスト処理に よる基材の粗面化が行われた後に溶射が施工されており、基材の粗面化を行わないで溶 射皮膜を積層すれば皮膜が剥離することは経験的によく知られているところである[13]。

もし皮膜・基材間に化学的結合が生じるとすれば、高温溶融粒子の衝突後に基材の衝突 部が溶融して金属結合を生じるケースが考えられる。衝突粒子の温度が基材の融点に比 べて著しく高い場合に起きる可能性がある。通常の材料の組み合わせでは基材の溶融は 生じないので、金属結合が皮膜・基材間に生じる可能性はほとんどない。あるとすればタングステンのような高融点の材料がスチール基材に溶射されるような場合が考えられ る。また、物理的結合に関しては基材が高温であれば皮膜を構成するスプラットは基材 に濡れやすくなり、基材との接触面積は低温の基材上より拡大して基材表面との空隙も 減少するので密着力が向上するものと思われる。実際プラズマ溶射加工現場では基材を 100~200℃に予熱してコーティングすることがよく行われており、基材温度が溶射皮膜 の密着性に影響を与えることは経験的に広く知られている[14-16]。一方、基材の予熱 はスプラットの濡れ性を高めて密着性を高める効果はあるが、予熱温度が高すぎると溶 射後基材の冷却とともに皮膜・基材間の熱膨張率の差により皮膜の内部応力が増して皮 膜を剥離させる原因にもなる。

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溶射皮膜の基材に対する結合力の大部分はアンカー効果によるものと言われ、基材表 面粗さが溶射皮膜の密着性に大きな影響を与えることは経験的に良く知られている[13]。 しかし、粗さという言葉が安易に用いられるが、粗さの本質に関して深く掘り下げた議 論は少ない。基材の粗面がどのような理由で溶射皮膜の密着力を生じさせるかというメ カニズムは未だ良く理解されていないし、アンカー効果のメカニズムについての説明も 明快ではない。しかも皮膜の密着力を支配する粗さはこれまで通常RaあるいはRz等の機 械加工後の表面粗さが用いられており、溶射皮膜に特化した粗さの定義あるいは指標を 定式化する試みもなされていない。また、これまで溶射皮膜の密着という観点からの粗 面それ自体の研究がほとんど行われてこなかった。まして面粗さと密着力を定量的に記 述しようとする試みは見られなかった。本研究は、基材・皮膜間の密着力は第一義的に はその界面に働く摩擦力に起因するという仮定を置き、基材・皮膜界面の摩擦力を定量 的に計算出来るような面粗さ指標を考案した。この仮定に基づき新たに考案された面粗 さ指標を用いて密着力を定量的に記述するモデルを提案し密着機構を明らかにしようと するものである。

5. 3 密着力発生機構モデル

本研究の粗さの概念を捉えるために図-5.2に示すような小さなピラミッドが平面上に 整列された仮想的な粗面を考える。この粗面上に溶射皮膜が付着しているものとしてこ の粗面のC ! “C 断面を取り出して図-5.3に示す。このような仮想的な粗面を有する基材上 に形成された溶射皮膜皮膜の密着について考えてみる。基材粗面の中の1つの谷に注目 する。この谷の斜面と皮膜の間に圧力P が働いているものとすると、この斜面に沿って 皮膜を剥がす方向にずらそうとすると斜面の摩擦係数をμ 、斜面の面積をS とすれば f = μPS の摩擦力が働くから、皮膜を基材からずらすためにはその摩擦力以上の力が必要 である。谷の斜面と垂直軸との間の角度を! とすればこの谷の中の皮膜を剥離させるに は少なくともF = 2μPS cos! の力が必要となる。このとき皮膜の質量は無視できるものと する。

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底面の一片がa で高さがh の4角錐の1つの斜面の面積は

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で表される。基材の単位面積あたりにn 個の4角錐があるものとすれば斜面の総面積は 4nS となる。皮膜と基材の間の摩擦力に打ち勝って皮膜を剥がすために最小限必要な力 は基材の単位面積あたり

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である。ちなみに4角錐の底面積はa 2 であるから基材表面に4角錐を過不足なく並べた とすればn = 1/ a 2 である。

この概念を一般化するために粗面の表面の一部を図-5.4に示すようにz = f x, y ( ) と表す。 図の曲面の微少面積をds としz 軸とds 面に平行な線が交わる角度を! とすればds 面上の 皮膜を剥がす微少な力 は

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である。5.3式の微少な力df を基材の平面の領域D にわたって曲面S 上で面積分すれば基 材平面上の領域D の上の皮膜を剥がすために最小限必要な力F を求めることができる。 皮膜剥離するために最小限必要な力F は

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で表すことができる。摩擦係数μ および圧力P に関して粗面単位面積の平均値をそれぞ れμ およびP とする。基材の粗面は微少ではあるがある一定以上の面積をとった場合の 摩擦係数および圧力の平均値が他の場所で一定面積の広がりの面積をとった場合の摩擦 係数および圧力の平均値と等しくなる面積が存在する。この時の摩擦係数および圧力の 平均値は全体の面の平均値と一致すると見なすことができる。すなわち面積をある程度 の大きさにとれば、平均摩擦係数および圧力がμ およびP に等しくなるある微少な面積 ds が存在する。すると5.4式は

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と変形できる。5.5式を基材の面積D で除した値が基材単位面積あたりの皮膜の密着力A S である。5.5式をD で除せば

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が得られる。このAs が皮膜の密着力である。皮膜の密着力A S は摩擦係数および圧力のそ れぞれの平均値と単位面積あたりの粗面の斜面の射影面積の合計である。cos! が最大値 をとるのは! = 0 の場合であるから、微少面ds が基材面に垂直のときに密着力は最大にな る。すなわち基材に垂直な面が基材表面を埋め尽くすように並んでいる状況が最も密着 力を高くすることを示している。 基材単位面積あたりの粗面上の微少面積の射影面積の合計を新たな粗さR bs と定義す る。すなわち

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である。皮膜の密着力は新たに創出された粗さ指標R bs に比例することが示された。R bs は 従来の機械加工面の表面粗さを表すR a あるいはR z 等とは全く異なった概念である。R bs は5.7式の定義から分かるように無次元である。

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プラズマ溶射皮膜の密着力は5.7式に示された粗さR bs と皮膜・基材間の摩擦係数および 皮膜が基材に及ぼしている圧力との積である。皮膜と基材界面の構造および皮膜の応力 が粗さ以外の要因として密着性に影響する。皮膜と基材界面のミクロ構造は皮膜・基材 面の摩擦係数に影響を与えるものと思われる。皮膜応力は皮膜の材質に大きく依存し、 溶射中の基材温度にも依存する。皮膜応力は基材粗面に与える圧力ともなるが皮膜を基 材から引き離そうとする力の一部になる。また、たとえ粗さR bs が同一の基材に溶射して も溶射材料あるいは溶射条件によって当然異なった密着力が生じる。例えば、基材温度 が高ければスプラット・基材間の濡れ性を向上させて両者の接触面積を増大させその結 果摩擦力が増加して結果的に密着力を高める。したがって、摩擦係数および基材粗面へ 働く皮膜圧力はいくつかの要因が複雑に影響しあっていることを考慮しなければならな い。

5. 4 基材表面粗度と皮膜密着力測定実験および実験結果

新たに定義された粗さ指標R bs の値を得るには粗面表面のプロファイルをできるだけ ミクロのオーダーで精度よく測定する機器が必要である。現在このような表面プロファ イルを測定できる機器は共焦点顕微鏡である。そこで、ブラスト粗面の三次元データを 得るためにレーザーテック社製TD-100D型コンフォーカル顕微鏡を用いた。コンフォー カル顕微鏡で測定した3Dデータから最小の面素を決めてその射影面積を求め、その面 積を合計して粗さを求めた。この最小面素はコンフォーカル顕微鏡の解像度で決まる。

TD-100D型共焦点顕微鏡の平面の最小測定要素は324!m×324!mの面積を縦横それぞれ 900分割した0.36!m×0.36!mで、高さ方向の最小測定単位は0.03!mである。得られた3D データから粗面を計算するためのコンピュータプログラムを新たに作成した。

表面粗さ測定のため直径20mm、長さ45mmの円筒形のアルミニウムおよびSUS-304の材 質の試験片を作成した。アルミニウムおよびSUS-304の試験片の各々11本を基材表面が同 一平面上に並ぶよう設置して粒度#100のアランダムを用いて図-5.5に示すようにブラス ト加工を行った。ブラスト加工条件は表-5.1に示す。面粗さを変化させるためブラストパ ス数をそれぞれ1,2,5,10,20,40,80回と変化させてブラスト処理を行った。共焦点 顕微鏡で測定したブラスト面の画像を図-5.6に、三次元測定データの例を図-5.7に示す。

図-5.6および図-5.7の各(a)の図は2パスブラスト加工した面のデータであり、図の(b) は20回ブラストした面のデータを示している。20回ブラストした表面の方が2回ブラストした表面より複雑な粗面になっていることが分かる。ブラスト面の粗さはブラスト回 数毎に基材表面をアトランダムに10ヶ所測定した。1ヶ所の測定面は324!m×324!mであ る。ブラスト面の粗さのバラツキは同一ブラスト条件ではアルミニウム基材の方が SUS-304基材より若干大きいことが示された。

表-5.1 基材ブラスト条件

ブラストノズル移動速度 1,000 mm/s
ブラストノズル移動間隔 10 mm
基材・ブラストノズル距離 120 mm
基材とノズルの角度 90°
ブラスト材吐出量 700 g/min
ブラストエアー圧力 0.5 MPa

表-5.2 プラズマ溶射条件

アーク電流 850 A
アーク電圧 Ar 50 SLM
アークガス 120 mm
二次ガス He 20 SLM
溶射距離 100 mm
パウダー供給量 20 g/min

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ブラストパス数と表面粗さの関係をアルミニウムおよびSUS-304基材について図-5.8 および図-5.9に示す。アルミニウムおよびSUS-304基材ともにブラストパス数が10回程度 まではパス数の増加とともに急激に粗さが増すがそれ以上パス数を増やしても変化しな い。ブラスト面がある粗さに達した後、いくらブラスト量を増やしてもブラスト材によ る表面のエロージョンと新規粗面の創出とがバランスしてある一定値に止まるものと思 われる。このことは粗面化処理プロセスとしてのブラスト法の限界を示している。グラ フはアルミニウム基材の粗さの最大値がSUS-304基材のそれよりも20%程度高いことを 示している。

ブラスト処理した様々な粗さの試験片にホワイトアルミナをプラズマ溶射して密着力 を測定した。プラズマ溶射条件は表-5.2に示す。アルミナ皮膜の膜厚はPraxair社製の SG-100トーチを用いて500!mを目標にコーティングを行った。図-5.10に示すようにアル ミナコーティングされたコーティング表面と試験片と同じ寸法の丸棒の端面とをエポキ シ樹脂で接着した後、引っ張り試験機で皮膜が剥離するまで引っ張りその値を記録した。

引っ張り試験片はアルミニウムおよびSUS-304基材についてそれぞれ10本測定した。ア ルミニウムおよびSUS-304 基材上のアルミナ皮膜の剥離強度とブラスト回数の関係を図 -5.11および図-5.12に示す。図-5.8、図-5.9と図-5.11、図-5.12を比較すると皮膜密着力と ブラスト回数の関係は面粗さとブラスト回数の関係にほぼ相似であることが分かる。

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図-5.13および図-5.14に皮膜の密着力とブラスト粗さの関係を示す。アルミニウムおよ びSUS-304基材ともに粗さが低い所では密着力と粗さの関係は直線性から外れるが、ある 値以上であれば、アルミニウム基材ではR bs が2.2以上、SUS-304基材では1.7以上でかなり 良い直線性を示している。このことは密着力が粗面と皮膜との間に働く摩擦力に起因し ているという仮定の妥当性が高いことを示している。

図-5.13および図-5.14のグラフからアルミニウム基材上の皮膜の密着力がSUS-304基材 上の密着力のほぼ3分の1程度しかないことが分かる。アルミニウム基材とアルミナス プラットの接触面積がSUS-304基材とスプラットとの接触面積より小さいため、すなわち、 基材とスプラットの界面に空隙が多いため、SUS-304基材・スプラット間の摩擦係数に比 べてアルミニウム・スプラット間の摩擦係数が小さいものと思われる。基材上のアルミ ナスプラットの扁平過程が基材の熱伝導率、溶融粒子材料との濡れ性等基材の物理・化 学的特性に依存しているものと思われる。スプラットの接触面積はスプラット材質と基 材材質の組み合わせにより変化するものと思われる。また、基材が異なるためアルミナ 皮膜の内部応力も異なるのでその影響が皮膜の密着性に影響を与えている可能性も考え られる。

5. 5 基材予熱後の密着測定実験と実験結果

5.2節に述べたように100~200℃に予熱した基材上に溶射すると溶射皮膜の密着性が良 くなることが知られている[14-16]。基材の温度上昇は溶融粒子との濡れ性を向上させ、 スプラットと基材の接触面積が拡大することによりスプラット・基材間の摩擦力が増大 するものと思われる。この摩擦力の増大が溶射皮膜の密着力を向上させる。そこで、基 材温度と皮膜密着力の関係を明らかにするために実験を行った。アルミニウムおよび SUS-304基材について表-5.1に示されたブラスト条件でパス数を2,5,10,20回と変化さ せてブラストを行った。前節の実験でブラストパス数が10回以上に増えても粗さはあま り変化しないことが示されたので最大20回までとした。ブラスト回数と基材の面粗度の 関係を図-5.15に示す。ブラスト回数が20回では前節の実験の粗さの値より幾分粗くなっ ていることが示される。

表-5.2 プラズマ溶射条件

アーク電流 850 A
アーク電圧 38 V
アークガス Ar 50 SLM
二次ガス He 20 SLM
溶射距離 100 mm
パウダー供給量 20 g/min
基材の温度を室温、100℃、200℃および300℃となるように予熱した後にホワイトアル ミナを表-5.2に示す条件でプラズマ溶射した。皮膜の密着強度を図-5.16~図-5.19に示す。

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グラフに示す丸で囲った部分のマークは全て密着力測定の際に皮膜内部で破断した値を 示している。他は全て基材・皮膜間で破断したデータである。図-5.16はアルミニウム基 材上の皮膜・基材間の密着力が基材表面粗さR bs に比例して増加することを示しているが、 予熱温度にも強く依存していることを示している。予熱温度が200℃を超えると皮膜・基 材間の密着力は皮膜自身の強度を超える強さを持つようになることが分かる。特に基材 温度が300℃の時は全ての試料で皮膜が基材・皮膜の界面ではなく皮膜内部から破断して いることを示しており、しかも、基材表面粗さが低い場合も20MPa程度の強い密着強度 を示している。アルミニウム基材の場合、基材温度が300℃にも達すると皮膜・基材界面の密着力が皮膜の強度に勝ることを示している。しかし、同時に基材温度が高すぎると 皮膜の内部応力が極度に高くなり皮膜自身の強度を減ずることも示している。図-5.17は 図-5.16の皮膜内剥離のデータをすべて除き、基材粗さR bs をパラメーターとして基材温度 と皮膜密着力の関係に書き換えたものである。図-5.17はアルミニウムの基材温度が密着 力に顕著に影響していることを明瞭に示している。他方、SUS-304基材は基材の面粗さR bs の影響を強く受けるが、アルミニウム基材と比べると予熱温度の影響をあまり受けない ことが図-5.18に示されている。図-5.18を基材温度と密着力との関係に書き換えた図-5.19 は基材温度300℃で粗さR bs = 2.19 の点を除けば皮膜の密着力は基材温度の影響を受けな いことを示している。図-5.19は300℃の高温になるとSUS-304基材に関しても、基材温度 が皮膜の密着性に影響を与える兆候を示す可能性がある。基材温度が室温の場合、 SUS-304基材上の皮膜の密着力は、アルミニウム基材上の皮膜の密着力に比べて同じ面粗 さであれば、3倍程度高いが、基材を予熱した場合、Al基材の温度が高くなるとSUS基 材の密着力に近づいて行くことを図-5.20は示している。図の円のマークが印されている 点は、皮膜内で破断していることを示しており、皮膜・基材間の密着強度はこの値より 高いことを示している。図-5.20は皮膜内で破壊が生じなければ、Al基材上の密着力はSUS 上の密着力より温度に対する勾配が高いため、アルミニウム基材上のアルミナ皮膜の密 着強度はSUS上の皮膜の密着力に等しくなる可能性を示唆している。

ブラスト処理実験結果は、同一のブラスト加工条件では基材の材質により、得られる 面粗度が異なることを示し、またアルミニウム基材の方がSUS-304基材に比べ、粗い面粗 度を示した。ある一定の以上のブラスト加工を継続しても面粗度は増加せず一定の値に 収束することが判明した。 皮膜密着実験は密着強度が基材の面粗度R bs に強く依存することを示し、しかも密着強 度がほぼ面粗度R bs に比例することが示された。また、同一の面粗さでも基材により皮膜 の密着力が異なることが示された。すなわち、SUS-304基材ではアルミニウム基材に比べ て同じ基材面粗さでは約3倍の高い密着強度が得られた。これは溶融粒子が基材に衝突 後扁平する過程でスプラットと基材間に一種の親和力が存在していることを示唆してい る。その親和力が基材とスプラットの材料の組み合わせにより強くも弱くも現れ、親和 力は両者の濡れ性と関連しているように思われる。あるいはそれを界面張力と表現した 方が適正かもしれない。また、その親和力は基材の熱伝導率および基材表面の清浄性に も依存しているものと思われる。

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基材の予熱実験の結果は基材温度がスプラットと基材の親和力を強める大きな要因で あることを示唆している。溶融流体と固体間の界面張力は、固体の温度の上昇とともに 減少するため、基材表面温度を上げることはスプラットと基材の濡れ性を高めてスプラ ット・基材間の接触面積を広げる。濡れ性の向上による接触面積の増加は皮膜・基材間 の摩擦係数を増加させることになるので、密着力を高めることになる[17,18]。ある一定 の基材温度であれば、密着力が基材の種類に依存しないことはスプラットと基材の界面 の接触面積が等しければ、究極のところ基材・皮膜間の密着力は基材表面粗度R bs のみに 依存することを示唆している。従って、粗さが等しくても皮膜の密着力が異なるのは、 スプラット・基材間の接触面積が基材の種類によって異なるからである。何らかの方法、 例えば基材の昇温で基材・スプラット間の接触面積を等しくし、等しい粗さであれば基 材が異なっても溶射皮膜は同一の密着力を示すことを意味している。従って、溶射皮膜・ 基材間の密着力は、一義的には単位面積あたりの射影面積の総和を表す表面粗さに依存 しているものと思われる。以上のことから皮膜・基材間の圧力は溶射条件および皮膜の材質にはあまり依存せず、基材・スプラット間の接触面積が面粗さに加えて密着力を支 配している可能性が高いものと思われる。すなわち、皮膜の密着性は面粗さに次いで基 材・皮膜間の摩擦係数の寄与が大きいものと思われる。摩擦係数は基材・スプラット間 の接触率の増大とともに大きくなるように思われる。

以上の議論および皮膜密着実験から本研究の溶射皮膜密着機構モデルの妥当性はかな り高いことが検証された。

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第6章 結 論

6. 1 緒 言

1950年代に実用的なノントランスファー方式のプラズマ溶射トーチが出現したことに より、従来のフレーム溶射法に比べてコーティング可能な材料が多様化し、皮膜の特性も 飛躍的に向上して工業的利用の範囲が大幅に広がった。鉄鋼、製紙、化学、電力および自 動車産業等で広く利用されるようになった。さらに、真空チャンバーを用いて減圧下でプ ラズマ溶射を行う技術の出現はジェットエンジン、発電用のガスタービンへとプラズマ溶 射の応用を広げ、プラズマ溶射技術は産業界にとっては必要不可欠なものとなった。

工業的利用が広まる中で、プラズマコーティング製品の使用中に皮膜の剥離、劣化等 様々なトラブルが発生するようになった。それまでは経験的に蓄積された技術で問題に対 処していたが、根本的にプラズマ溶射皮膜形成のメカニズムを解明しなければならないと の気運が1980 年代に生じてきた。プラズマ溶射の普及とともに、要求された皮膜特性を得 るためにはどのようにコーティング条件をコントロールすべきか、どのような材料を用い なければならないか等の問題を解決しなければならなくなってきた。

初期の研究は溶射条件と皮膜の特性との関係に関する研究が主なものであったが、プラ ズマジェットの研究、プラズマジェット中に供給された粉末粒子の加熱・加速過程の研究 も行われた。さらに、高温高速の溶射粒子が基材に衝突して変形し付着する機構の研究も 進められるようになった。

プラズマ溶射現象はそのプロセスが複雑であまりに多くの要因を含み、かつ、互いに複 雑に影響しあっているので現象の分析および解明は容易ではない。現在でも皮膜積層のメ カニズムは定性的な意味では幾分解明されたとも言えるが、ほとんどは未解決である。特 に、コーティングパラメータと皮膜特性との定量的な関係の解明はまだ緒に就いたばかり と言える。

そこで、プラズマ溶射皮膜の特性を決定する溶射粒子の衝突・扁平過程およびスプラッ トの冷却過程に関する研究を試みた。

6. 2 溶融粒子の基材への衝突・扁平挙動

6. 2. 1 平滑平面上の扁平モデル

本研究はプラズマ溶射皮膜の特性の中で最も重要である皮膜・基材間の密着性に影響を 与える溶融粒子の基材への衝突、扁平、凝固および冷却現象を明らかにすることを意図した。粒子衝突から扁平が完了するまでの時間は1!s のオーダーであり、その後の冷却過程 も10!s のオーダーの短い時間であるため、今のところ現象の観測あるいはその過程に渡っ て粒子の形状を計測することはほぼ不可能である。従って、本研究ではこの現象に関する 数学的モデルを考案することにより粒子・基材間で生じる現象を解明しようと努めた。

溶融粒子が平滑平面基材に高速で衝突した瞬間の現象に関しては、流体は弾性体である との仮定に基づいて計算を行なった。計算の結果は衝突した瞬間に衝突点近傍の粒子の圧 縮によって粒子・基材間に強い圧力が発生することを示した。微少な体積ではあるが衝突 速度に比例して高い圧力が粒子内に蓄えられることが明らかになった。衝突からある時間 が経過すると圧縮された部位の圧力は解放され、その蓄積された圧力は衝突点から高速で ラジアル噴流となって衝突点から噴出し、運動エネルギーに変換されることを示した。

溶融粒子の衝突扁平現象に関しては、粒子が扁平する過程を粒子が基材に衝突した後、 粒子衝突点から薄いラジアル流が基材に平行に拡大していくものとし、ラジアル流の上部 は下半部が欠けた球の形状を保ちラジアル流の拡大とともに基材の方向に沈んでいくとす る粒子変形の仮定を置いた。ラジアル流の流れ場を平面上の平行流と仮定して衝突粒子の 運動エネルギーがすべてラジアル流の速度勾配による粘性摩擦により散逸するとの仮定の 下で粒子扁平問題を解いた。この解が実際の溶射粒子扁平現象と一致するか検証するため に、溶融Sn およびZn 粒子の自然落下衝突現象の実験結果と比較した。

溶融した粒径2~3mm のSn 粒子を自然落下させて平滑なアルミナ基材粒子に衝突させ、 粒子の扁平過程を高速写真撮影して観察した。プラズマ溶射において粒子直径は数十ミク ロンであり、粒子衝突速度は毎秒数十メートルから数百メートルである。他方、溶融 Sn 粒子の直径はミリメートルオーダーであり速度は毎秒3~4 メートルである。溶融Sn の自 然落下の速度では粒子の表面張力を無視出来ないため、本研究の扁平モデルに表面張力を 考慮して実験とモデルの比較を行った。落下実験の結果のデータと本研究のモデルの比較 を行ったところ良い一致を見た。モデルの妥当性が検証され、溶融粒子の高速衝突・扁平 現象を良く説明できる理論的モデルが本研究により創出された。今後、扁平過程で溶融粒 子と基材の間でどのような反応が生じているか、また、スプラット・基材間に存在する雰 囲気ガスがその反応にどのように影響を与えるのか、よりミクロからの視点での詳細な研 究が待たれる。

6. 2. 2 粗面上の扁平モデル

プラズマ溶射では皮膜の密着性を確保するために、基材をブラスト処理して粗面化した 後でコーティングを行う。そのような現実に対応するために平滑面での扁平現象のモデル 化に続いて粗面上の扁平現象のモデル化を試みた。

まず、扁平現象を記述するために粗面の特徴をどのように定式化するかを検討し、面粗 さを表現する1つの方法を考案した。粗面の山の高さをある値に取り、それより低い谷の 部分の単位面積あたりの体積を粗さとした。この谷の部分を流れる溶融流体とその上部を 流れる流体との流動性の違いを考慮することによってモデルを構築した。すなわち、谷の 部分の流体は何も障害のない滑らかな平面上を流れるのとは異なるであろうから、谷の部 分を流れる流体に流れにくさを示す指標を付け加えた。この粗さモデルを用いて粗面上の 扁平過程を数学的に解いた。

モデルの妥当性を検証する実験データは不十分であるが幾つかの研究データとの比較 を行った。C. Moreau 等は粗面上の粒子扁平過程では扁平率は平滑平面上に比べて小さく なると報告しており、モデルの計算結果は粗面上ではやはり扁平率は小さくなることを示 している。モデルは彼らの粗面上の扁平率測定の実験結果と比較的良い一致を見た。C. Moreau 等の実験は粗さ指標として Ra 粗さを用いているので、厳密な意味での比較はで きないが、粗さと扁平率の傾向に関して良い一致を示した。モデルの基本的な考え方の 正さが示された。

6. 3 スプラットの冷却現象

温度が100~200℃ である基材上に付着する直径100~200!m で厚さが1~2!m ほどのス プラットが1,000~3,000℃ の高温から基材に熱を奪われながら基材温度まで冷却される過 程は、プラズマ溶射プロセスの重要な要素過程として研究が行われてきた。近年では2色 パイロメーターを用い、スプラット表面からの輻射エネルギーを測定することによりスプ ラット冷却プロセスが明らかにされつつある。多くの研究は溶融粒子が基材に衝突してか ら1!s 前後で扁平過程が完了し、その後10~50!s でスプラットの温度が基材温度に到達す ることを示している。

スプラットと基材間の気孔の分布が、スプラットから基材への熱伝達に大きく影響を与 えると考えられている。すなわち、スプラット・基材界面のミクロ構造がスプラット冷却 過程に強く影響を与えることが示唆される。しかし、スプラット表面からの輻射エネルギーを測定するのみでは界面構造の知見を得ることはできない。本研究では気孔を含むスプ ラット・基材間のミクロ構造のモデルを考案し、スプラットから基材への熱伝達三次元シ ミュレーションを行って界面ミクロ構造がスプラット冷却過程に与える影響を明らかにし ょうとした。

3Dシミュレーションの前に一次元半無限モデルを用いてスプラット冷却過程につい て計算を行った。プラズマジェットからスプラットに与える輻射伝熱および対流伝熱の影 響についてシミュレーションを行った結果、それらの影響は無視できることが判明した。 一次元スプラット冷却過程では熱伝導率の異なる二種類のスプラットと熱伝導の異なる二 種類の基材の組み合わせについてシミュレーションを行った。さらにスプラットの厚さお よび初期温度を変えて計算を行い、スプラットおよび基材内の温度分布を求めた。また、 時間の経過と降下するスプラット表面の温度を求める計算を行った。

計算の結果熱伝導率の高い基材上の熱伝導率の低いスプラット内の温度勾配が大きく なり、逆に熱伝導率の低い基材上の熱伝導率の高いスプラット内の温度勾配が小さなこと が示された。凝固した後のスプラット内の温度勾配は、スプラット内の応力分布あるいは セラミックスプラットの場合はクラックの発生に影響を与える。大きな温度勾配は微細な 縦割れクラックを生じ、小さな温度勾配は大きな縦割れクラックを生じるものと考えられ ている。

一次元モデルの結果を踏まえスプラット・基材界面のミクロ構造を組み込んだスプラッ トおよび基材内の温度分布の時間変化に関して三次元モデルを用いたシミュレーションを 行った。計算結果は界面のミクロ構造がスプラット内の温度分布に大きな影響を与えるこ とを明らかに示した。スプラット・基材間の気孔率が50%ほどの場合スプラット内のわず か数ミクロンの間で温度差が1,500℃ にも達するケースが存在することも明らかにされた。 さらに、表面温度の降下速度もミクロ構造に大きく影響されることが示された。

本モデルのシミュレーションの結果は2色パイロメーターを用いたスプラットの表面 温度測定実験の結果と概ね良い一致を見た。

6. 4 溶射皮膜内の気孔発生機構

溶射皮膜内の気孔は熱伝導率、電気耐圧、耐摩耗性および耐食性等の皮膜特性に影響を 与え、気孔発生のメカニズムに関する議論は延々と続けられてきた。以下に示すような様々 な意見がある。微粒子で溶射すれば気孔率が低くなる。良く溶融している方が基材あるいは形成中の皮膜とも濡れが良くなるので気孔率が低くなる。高速で基材に衝突させれば気 孔率が低くなる。どの議論も定性的でどのような要因がどの程度気孔率を制御できるかと いう定量的な視点が欠落している。しかし、未だ気孔形成のメカニズムを十分説明できる 定説はない。単純な機構で気孔が形成されるわけではないため、議論百出は当然ではある。

また、議論を複雑にしている1つの要因として精度の高い気孔率測定法が存在しないこと にもよる。

本研究では基材粗面の窪みに保持されている雰囲気ガスが衝突粒子の扁平過程で圧縮 されるために気孔が形成されると仮定して気孔形成のモデルを考案した。モデルには気孔 生成要因として粒子衝突速度、粒径、粒子粘度、粒子密度および雰囲気ガス圧力が含まれ ている。上に述べた気孔発生に関する議論に出てくる要因はほぼ含んでいる。しかし、基 材・界面間の界面張力および表面張力は気孔形成に影響を与える重要な要因と思われるが、 高温溶融流体に関する現象が明らかでないためモデルから除外した。スプラット・基材間 の濡れの動的な解析は重要なテーマで今後の研究が待たれる。

モデルの妥当性を検証するための実験データの報告例はまだ十分ではない。従ってモデ ルを実験的に検証することは今のところ不可能であるが、モデルは経験的な事実と定性的 には合致するように思われる。

6. 5 溶射皮膜の密着機構

溶射皮膜の密着性は溶接とは異なり基材と冶金的な結合をしていないので溶接ほどの 強度はない。従って強固に結合しているものと錯覚し、皮膜に結合強度以上の力がかかる ところで利用しようとするユーザーもまま存在する。他方、溶射皮膜の結合強度は弱すぎ て実用にならないと決めつけるユーザーも少なからず存在する。いずれにしても溶射皮膜 の密着力に関して正しい理解が得られていない。これまで試行錯誤を通して経験的に溶射 皮膜の利用できる用途および範囲が決められてきた。溶射加工業者あるいは溶射に関わる 技術者および研究者は溶射皮膜の結合力の向上あるいはその機構の解明に力を注いできた。

しかし、密着力を決定する要因が多く且つ複雑であり、その解明は容易ではない。

溶射皮膜の気孔の発生メカニズム同様、密着力を支配する要因に関する議論は様々あり、 基材の粗さ、粒子衝突速度あるいは基材の温度が重要である等定性的には要因は絞られつ つある。しかし、密着力が何に起因するかという議論は次に示す従来の定説にとどまって いる。

(1) 投錨効果(アンカー効果)
(2) 基材と皮膜間の金属結合あるいは化学的結合
(3) 基材と皮膜間の物理的結合(ファンデルワールス結合)

本研究ではアンカー効果が溶射皮膜の密着力を生じさせる第一の要因として、なぜ粗面 によるアンカー効果が密着力を生じさせるのか、そのメカニズムを明らかにしようと試み た。粗面の山の斜面と皮膜の間に働く摩擦力が支配的と考えモデルを構築して密着機構を 明らかにしょうと試みた。皮膜・基材間の摩擦力は粗面の構造に影響を受けるものと考え、 皮膜の密着力の観点からある粗さ指標R bs を考案した。さらに、粗面構造の指標と皮膜と基 材との間にかかる圧力および摩擦係数の積が密着力であるとの仮説を立てた。摩擦力では 皮膜・基材間の接触面積が支配的と考え、接触面積を広げる要因として基材の面粗さ、皮 膜の濡れ性を考慮した。また、濡れ性は基材の温度に大きく依存するので基材の予熱にも 注目した。

プラズマ溶射皮膜の密着力測定実験を行い、モデルとの比較をおこなった。皮膜の密着 力と新たに考案された粗さ指標R bs とは良い相関を示した。また、基材を予熱して溶射した 皮膜についても密着強度が大きく向上した後でも粗さ指標R bs との良い相関を示した。従っ て本モデルの妥当性はかなり高いものと思われる。溶射皮膜の密着力は粗さ指標R bs に比例 することが示された。

本研究においてこれまで溶射現象は複雑すぎて解析が容易ではないと思われていた中 で、スプラットの扁平から冷却への一連の過程に関して比較的少ない因子を用いて定量的 モデルを考案することができた。モデルの計算結果と実験結果と比較を行った結果、大筋 においてモデルの妥当性を示すことができた。さらに、皮膜の気孔の発生機構および皮膜・ 基材間の密着機構についても解析するモデルの創出を行い実験結果との比較からモデルの 妥当性を検証することができた。

本論文を執筆する機会を与えていただき、ご指導および有益なご助言を賜った金沢大学 工学部電子電気システム工学科上杉喜彦教授および田中康規准教授に深く感謝いたします。

本研究のプラズマ溶射密着に関する実験およびスプラット採取実験にご協力いただい たプラズマ技研工業(株)大野直之氏、黄仁忠氏および馬文花氏に感謝の意を表します。

特に、黄仁忠氏にはスプラット冷却シミュレーションについてのご協力に多大の感謝をい たします。

大森明元大阪大学教授には溶融粒子扁平実験のデータの提供およびスプラット扁平過 程について多くの示唆をいただいたことに感謝いたします。 溶射皮膜の密着強度の研究にあたりコンフォーカル顕微鏡による粗さ測定にご協力い ただいた物質材料研究機構コーティンググループセンター長黒田聖治博士に感謝いたしま す。常々プラズマ溶射現象に関する議論を通して多くの啓発をいただいたことにも改めて 感謝の意を表します。

スプラット扁平プロセスおよび気孔の発生メカニズムに関する議論から多大の啓発を 受けた西安交通大学李長久教授に感謝いたします。

本論文に関係する論文および発表資料

1. H. Fukanuma, An Analysis of the Porosity Producing Mechanism, Proceeding of the International Thermal Spray conference, 1992, p. 767-772
2. H. Fukanuma, A Prosity Formation and Flattening Model of an Impinging Molten Particle in Thermal Spray Coatings, Journal of Thermal Spray Technology, Vol. 3(1), 1994, p. 33-44
3. H. Fukanuam and A. Ohmori, Behavior of Molten Droplets Impinging on Flat Surfaces, Proceedings of The 7th National Thermal Conference, 1994, p. 563-568
4. H. Fukanuma, Mathematical Modeling of Flattening Process on Rough Surfaces in Thermal Spray, Thermal Spray: Practical Solution for Engineering Problems, C.C. Berndt (Ed.), Published by ASM International, 1996, p. 647-656
5. 深沼 博隆、溶射粒子の扁平挙動について、高温学会誌(解説記事)、Vol. 24, 1998, p. 193-200
6. H. Fukanuma and C.-J. Li, Mathematical modeling of splat formation at off-normal angle in thermal spray, Proceedings of the ITSC, Dusseldorf, Germany, 1999, p. 513-518
7. 深沼 博隆、傾斜溶射のスプラット扁平現象、第69 回日本溶射協会全国公演大会公演論文集、1999, p. 7-8
8. H. Fukanuma and Y. Huang, Splat Formation in Off-Normal Angle Spray, Proceedings of the ITSC, Montreal, Canada, 2000, p. 767-776
9. 深沼 博隆、射 瑞鵬、大野 直行、藤原 義成、黒田 聖治、溶射膜密着性に関するブラスト面評価法、第74 回日本溶射協会全国公演大会公演論文集、2001, p. 17-18
10. H. Fukanuma, R. Xie, N. Ohno, Y. Fujiwara and S. Kuroda, Characterization of roughened substrate surface on bond strength of thermal spray deposits, International Thermal Spray Conference, 2002, p. 312-316
11. 深沼 博隆、大野 直行、溶射皮膜の密着強度に与える基材表面粗さと温度の影響、第76 回全国公演大会、2002, p. 22-23
12. H. Fukanuma and N. Ohno, Influences of Substrate Roughness and Temperature on Adhesive Strength in Thermal Spray Coatings, Thermal Spray 2003, p. 1361-1368
13. 深沼 博隆、スプラット冷却速度の研究、2007 年度溶射合同公演大会公演論文集、2007, p. 7-8
14. H. Fukanuma, R. Huang, Y. Tanaka and Y. Uesugi, Mathematical Modeling and Numerical Simulation of Splat Cooling in Plasma Spray Coatings, Journal of Thermal Technology, 2009, p. 1361-1368